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  • 確率

    とてつもなく古い2005年09月03日の雑感で自分と『お買い物日記』 担当者が同じ薬で同じ副作用が表れたことに触れ、それが十万分の一の確率だと書いているが、その同じ副作用を持つ者が夫婦でいる確率まで計算すると、天文学的数字になるのではないかと思われる。

    2012年、三幸製菓の『ぱりんこ』を買ったところ、小袋は2枚入りのはずなのに3枚入っているものがあった。

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    ネットで画像検索してみたところ、少なからず情報はあるものの、その数は決して多くはない。

    つまり、機械処理している製造過程で小袋に3枚入ってしまうことは稀であり、検品までくぐり抜けて出荷されるのは何十万とか何百万に一度のことではないだろうか。

    若いころ入り浸っていた喫茶店のマスターが雪深い冬の北海道で車の鍵を落としてしまった。

    降り積もった雪の中に落とした鍵を見つけられる確率など限りなくゼロに等しい。

    しかし、以前にも鍵を紛失していて今回落としてしまった鍵はすでにスペアキーだったので、何が何でも見つけ出さねば車のエンジンをかけることができないという最悪の状況だった。

    雪の降りしきる中、マスターと自分、そして他にも 2人、手で雪を掘ったりしながら必死で鍵を探すこと 1時間。

    もう見つからないと諦めかけたその時!!

    ・・・もの凄い確率に当たって見つかったという話しではない。

    何を思ったのか、マスターが自分の家の鍵を車のドアに挿して回してみたところ、何の抵抗も示さずドアが開くではないか。

    そして、おもむろにイグニッションキーの穴に家の鍵を入れて回すと見事にエンジンが始動した。

    ・・・。

    何という偶然、何という確率。

    同じメーカーの同車種であれば、何十万台に一台か何百万台に一台の確率で鍵が合うこともあるかも知れないが、家のドアの鍵で車のエンジンがかかるなど、どんな専門家が計算したところでその確率を導き出すことはできないのではないだろうか。

    マスターが購入した車は中古車で、家は築十年以上が経過していたので、家の鍵は経年劣化で凹凸が削れ、中古車の鍵穴も良い具合に摩耗した結果、なんだか良い具合になった偶然が奇跡を呼んだのではないかと思っていたが、その後に作った家の合鍵でもエンジンは始動したので偶然にも凹凸の形状が極めて類似していたのだろう。

    つい最近も驚きの偶然、極めて低い確率の一般には起こらないことが身の回りで起きた。

    自分の持つWi-Fi端末と、義兄のそれが競合したのである。

    こちらはまだソフトバンクに買収される前の EMOBILE、義兄は買収後の Y!MOBILEで、端末機は製造元が違う。

    しかし、その2台が稼働しているとネット接続ができないことが判明した。

    最初は互いに接続ができないと悩んでいたが、どちらか一方の端末の電源を切ると正常動作することに気づき、色々と試してみた結果、機器が干渉し合っているという結論に至った。

    今の時代、だれでも簡単に使えるように面倒な設定は機器が自動判別したり製品の出荷時に設定を終わらせているものが大半だ。

    通常はそのまま最短の手順で使って問題ないが、稀にこういう事態が発生する。

    低い確率ながらも、そのような事態に遭遇してしまった場合は手動でチャンネルを変更するか、どちらかを使用中止にするしかない。

    今回のケース場合、義兄と一緒にいる時は自分の端末の使用を止め、義兄の端末に接続させてもらうことにした。

    しかし、無線通信の機器が増える一方の今、家庭内で同様の事態が発生する確率は高まっている。

    無線通信には 2.4GHz帯と、5GHz帯があるが、多くの場合は 2.4GHz帯で使用する設定で出荷されており、外でも家の中でもとても混雑している状況だ。

    今はスマホやタブレット、パソコンの無線LANやワイヤレスマウスに加えてテレビやHDDレコーダ、ワイヤレスヘッドホンなどのAV機器、コードレス電話機までも Wi-Fiや同じ 2.4GHz帯の bluetooth(ブルートゥース)を使っていることがあるし、電子レンジのマイクロ波も実は 2.4GHz帯なので干渉しないとは言えない。

    これからもエアコンや冷蔵庫に無線通信機能が搭載されるだろうから電波の大渋滞が起こるに違いない。

    偶然が偶然ではなく、高い確率で問題が発生するようになる日は近い。

    そういう日が到来する確率はとっても高いものと思われる。

  • 温暖化

    やはり異常な事態だと言わざるを得ないだろう。

    今回の台風でも、一か月に降る量の雨が一日で降ったなどという事態が各地で発生している。

    6月に北海道で気温が30℃を超えたり、まだ梅雨明けする前に群馬県で39℃に達したりと異常な状態だ。

    そもそも、日本には以前からこれほどの竜巻が発生しただろうか。

    ここ数年、ダウンバースト現象や竜巻などで被害を受けることが多くなったように思う。

    竜巻という呼び名があるくらいなので、昔から一定程度は発生していたのだろうが、近年になって激増しているように感じるのは、単に情報網が発達したことと、手軽にスマホなどで動画撮影や写真撮影ができるようになったからだろうか。

    下水処理が追いつかずに道路に水があふれるほどの大雨、北極の氷の激減、世界各地にある氷河の激減、巨大台風、巨大トルネードの発生、進行する砂漠化。

    日本のみならず、世界各地で異常な事態が起こっているのは地球温暖化によるものではないのか。

    世界に目を向けずとも身近な問題として温暖化を意識できる。

    北海道では今まで水揚げされなかった魚が捕れるようになったし、経験したことのない大雨や最高気温を記録したりしているのは温暖化が原因だろう。

    先月の帰省の際、6月の北海道にしては暑かったので実家の窓を開けていると外からセミの声が聞こえてきた。

    子供のころは、この辺りにセミなど生息していなかったはずだ。

    野山を駆け回って遊んでいた野生児だったので、もしセミがいようものなら間違いなく捕獲していたことだろう。

    しかし、セミの声など聞いたことがないし、悪ガキ情報網にもセミのことなど伝わってこなかったので、当時は生息していなかったはずだ。

    少し気になって調べてみたところ、やはりセミの分布は北上を続けているとのことで、それは温暖化が原因であろうと結論づけられていた。

    昔は北海道にゴキブリなどいなかったが30年ほど前から、気密性が高く、いつも暖房している商業施設などで姿が見られるようになった。

    まだ一般家庭にゴキブリが出たという話は聞いたことがないが、温暖化が進む今、家の中をガサゴソ動きまわるのも時間の問題かもしれない。

    この一週間、急な暑さもあって日本各地で熱中症による救急搬送が急増した。

    そして、かなりの数の人が命を落としている。

    昔は熱中症などという言葉はなく日射病と言われており、文字通り炎天下に外で長く直射日光を浴びていたら発症するものだと思われていた。

    しかし、熱中症に陽の光は関係なく、主に温度と湿度によって引き起こされる。

    昔は家の中で暑さのために人が死ぬなどということは有り得なかっただろう。

    エアコンなど文明の利器を使用せず、窓を開けるなど自然に任せて暮らしていると熱中症で死亡してしまう。

    外でも水分補給に神経を使わなければ、命の危険にさらされる。

    つまり、今の日本は、地球は、何もせず自然のままに暮らしていては生きていけない。

    それは、今の日本が、地球が、人間の生息に適さない環境になってしまったということだ。

    温暖化の原因と言われる二酸化炭素の排出量を削減する取り組みも、中国を始めとする発展途上国は、今まで好き放題に排出してきた先進国に責任があるのだから我々に削減する義務はないなどと言っているが、以前までは二酸化炭素が温暖化をもたらすなどと知らずに排出してしまっていたのであって、それを知った今でも視界が悪くなってノドが痛くなるほど汚染物質を吐き出しまくっている国には偉そうなことを言ってほしくはない。

    国益を優先したいのは分からないでもないが、この星がダメになってしまったら元も子もないだろう。

    2050年には日本の人口が約9700万人に減少すると国土交通省が発表したが、あと35年も地球がもつだろうか。

    同じ2050年、世界人口は約90億人を超えると予想されているが、それだけの人数が食べていけるだけの資源が地球に残っているだろうか。

    貧富の差も拡大している今、2050年には富める者だけが地球を脱出して火星に移住し、貧しき者は地球に残され滅亡への道をたどっているかも知れない。

  • 夏が来れば

    夏が来れば思い出す、はるかな大阪、遠い空。

    北海道にもやっと夏が来て、昨夜は今季初めて発泡酒を飲むことができた。

    夏が来たと言っても最高気温は24.6℃だったので正確には夏日にとどいてはいなかったが、今日は27.4℃まで上がったので間違いなく夏本番だ。

    5年もすれば体が慣れると言われていたが、北海道に帰ってきて8度目の夏となっても大阪の記憶と肌感覚が残っているので我慢できないような暑さを経験したことがない。

    生粋の道産子は、すでに夏バテしているだの食事がノドを通らないだの寝苦しいだの言い始めているようだが、我家の場合は食事も美味しく頂いているし夜も眠れている。

    大阪で必須だったエアコンは設置すらしていないし、扇風機も1シーズンに10日ほどしか使わず、就寝の際に使うことなど3日あるかないかだ。

    同じく大阪で必需品だったアイスノンも使うのは1シーズンに10日ほどだろう。

    暑くて眠れないなどということはないし、食欲がなくなることもない。

    大阪で暮らしていた頃、夏が近づくにつれ憂鬱になったものだ。

    ゴールデンウィークを過ぎると来る夏を思って気分が暗くなり、6月の梅雨の時期には恐怖すら覚え、いよいよ夏本番の今時期になると、9月の彼岸が待ち遠しくて仕方がなかった。

    大阪に引っ越した1994年10月は、まだ暑さに慣れていないからか10月が終わるまでエアコンのお世話になっていた。

    今から思えばその年は異常気象だったのかもしれないが、とにかく暑くて暑くて、とても人間が住むところではないなどと思ったりしていたものである。

    それでも、その年は10月の暑さを経験しただけだったのでマシだったが、翌年からは夏の最初から最後まで経験することになり、見事なくらい典型的な夏バテになってしまった。

    食欲もなく食べ物がノドを通らないどころか味噌汁でさえ飲むのがつらい。

    来る日も来る日も麺類を流し込んでいたが、さすがに栄養面でいかがなものかということになり、『お買い物日記』 担当者と検討を重ねた結果、なぜか味噌汁ではなく赤だしなら飲めることが判明し、ごはんとおかずを赤だしで流し込むことで何とか夏を乗り切った。

    ただでさえ寝付きが悪いのに夜も暑くて暑くて眠れない。

    敷布団の下に『すのこ』を敷いて空気の流れを良くし、シーツの上に『ござ』を敷いて清涼感をプラスしてみたりしていたが、そんなものは焼け石に水状態であり、ものの1分もすれば自分の体温で布団が温まり、ダラダラと汗が流れ出る。

    寝返りをすると『ござ』の効果で冷たく感じる部分があるが、1分もすれば暑くなるのでまた寝返りして反対を向くということを繰り返す。

    『お買い物日記』 担当者は自分より寝付きが良いので隣で寝息を立てはじめるが、一時間もしないうちに暑さで目覚めて布団を這い出して行くので、自分も起きて行き、当時は愛煙家だった二人は揃ってタバコの煙をくゆらせながら目を半開きにしてボーっとしていたものだ。

    それから比較すると北海道の暑さなど可愛いものである。

    道産子が暑いと騒いでいても、30℃を超える真夏日は1シーズンに3日ほど、最低25℃の熱帯夜も1日か2日、もちろん35℃以上の猛暑日など未知の領域で北海道に帰ってきてから経験したことがない。

    やっと25℃の夏日になった今も、最低気温は15℃前後なので朝晩は窓を開けていると寒くなってしまう。

    こんな環境で丸7年、8度目の夏を迎えているのだから二度と大阪の暑さを経験したくはない。

    無風で西日が射せば、部屋の中が30℃を超える日もないことはないが、そんな時も
    「大阪より全然マシ」
    「大阪と比べりゃ天国」
    などと呪文のように唱えれば楽勝で乗り切ることができる。

    夏が来れば思い出す。

    あの暑さとの闘いの日々を・・・。

  • レイコノコト 3

    今まで書いてきたようにレイコには身勝手な一面もあるが、上に男きょうだいが何人もいるのに高齢の母親を一人で見守り、入退院を繰り返したり、施設にも入ったりした経済的負担も一人で背負って最後の最後まで面倒を見続け、その愚痴や不満を一切口にしなかった実に立派な叔母なのである。

    超高齢となり、もう危ないからと運転免許証も返納した今でも雪が解ければ遠くまで自転車で出かけ、雪道をものともせず歩き回っているレイコだが、さすがに寄る年波には勝てず、最近は耳が聞こえづらくなってきたらしい。

    ただし、今回の帰省で初めて聞いたのだが、俗に言われる耳が遠くなるという症状ではなく、ひどい耳鳴りに悩まされているとのことだ。

    耳鳴りがして常に雑音が聞こえている状態なので周りの音が耳に届きにくい状態なので、補聴器をすれば良いとかそういうことではないらしい。

    いくら元気だと言っても超高齢者に変わりはないのだから、ここのところすっかり婆さんらしくなってしまった我が母と共に自分が今暮らしている街に移り住むように言ってはみたが、以前の雑感に書いたように別の家系なのだから世話にはなれないと言い張り聞く耳を持たない。

    母親も体が弱っているくせに、この街を離れたくないと言うので、ならば年老いた姉妹で仲良く暮らしていれば良いと放っておいたのだが、いつまで経っても母親の体は良くならないし、もし万が一、このまま寝たきりにでもなろうものなら移動すら困難になって同じ街に暮らすも何もあったものではなくなってしまう可能性も出てきたことから、やはり移住を検討すべきではないかと聞いてみたところ、知った人の居ないところで暮らすのは嫌だが話し相手になってくれる叔母が一緒なら考えないでもないとのことだ。

    そこで叔母に一緒に移住してきてはと問うてみたが、以前と同様に家系が違うからと言い出すので、
    「誰も面倒見てやるとは言っていない」
    「一人でいるより血族が近くにいる方が少しは安心できる」
    「札幌など雪が多いので除雪が大変だ」
    「今どき安い家賃で住めるところなど築2-30年の安普請だから光熱費がかかる」
    などなどと説得するも良い返事をしない。

    そこで、今回の帰省で設けられたタカノリ夫妻との会食の席で、この話題に触れておけばタカノリの賛同も得られる可能性があると判断し、話しが人生の終わらせ方に向かったのを機に一緒の街で暮らそうと言ってるのにレイコが言うことを聞かないと告げ口してやると、レイコは頭をプルプル振って「なにも聞こえな~い」などと言い出す。

    自分に都合の悪い話しになったからといって子どもみたいな態度をとるレイコの姿に自分も『お買い物日記』担当者も呆気に取られ、タカノリ夫妻もポカーンとしていた。

    食事中の会話は、もの凄く平均年齢の高い一団にふさわしく病気やら健康やらという内容が圧倒的で、当然のことながらショウコの骨折についても話題になる。

    しかし、その話題から派生した札幌に住む母親方の伯父のサトシの話しには驚かされた。

    転んだのか階段から落ちたのか、その原因は忘れてしまったがサトシはずっと右太ももあたりに痛みがあったので、毎日毎日ずっと市販薬のメンソレータムを塗り続けていたらしい。

    少しずつ良くはなっているものの、いつまで経っても痛みが治まらないので数カ月後に病院に行ってみたところ骨折していたことが判明した。

    しかし、その時にはすでに骨はくっついており、もうすぐ治るところだったという。

    レイコは、
    「あの人は骨が折れているのをメンソレータムだけで治したのよ」
    などと淡々と話すが、聞いているこちらは驚くやら可笑しいやらで笑いが止まらない。

    その骨折の話しから再び派生して今度はレイコ自身のことを語りだした。

    昼間が妙に暖かかった冬の夜、外出先から帰宅するレイコが夜の寒さで凍りついた路面を慎重に歩いていたところ、後ろから車のエンジン音が近づいてきたので邪魔にならぬよう道のできるだけ端を歩こうとした瞬間、鏡のようになった氷に足を取られて体が宙に浮き、ヒザから路面に落ちたと思ったら道路の反対側まで一気に滑っていってしまったらしい。

    あまりの痛さに身動きできず、そのままの姿勢で耐えていると打ち付けた足の感覚が薄れてシビレを感じるようになってきたという。

    前に書いたようにレントゲン技師として定年まで病院に勤めていたレイコは様々な経験から類推し、これは骨が折れたに違いないと判断した。

    動こうにも痛くて動けず、凍てつく寒さの中を道路に倒れたままのレイコ。

    田舎の夜道は人通りもなく、待てど暮らせど車すら通らない。

    このままでは凍死してしまうと焦るレイコ。

    何とか家まで帰るか、近くの電話ボックス(当時)まで辿り着ければ救急車を呼ぶことができると両手で上半身を起こし、恐る恐る足を動かしてみたところ何の問題もなく動く。

    骨折していたら動かせるはずがない思いつつ立ってみたところ立てる。

    もしやと思い、歩いてみたところ歩ける。

    なまじっか知識があるため勝手に骨折だと思い込んでしまったが、実は単なる打撲で骨には1ミクロンのヒビも入っていなかったらしい。

    その、あまりにも馬鹿馬鹿しい話しを大笑いしながら聞いてはいたが、冷静に考えれば危険と隣り合わせの喜劇でもある。

    話しの中の背後から近づいてきたという車がどうなってしまったのか分からなかったが、もし転倒したことで轢かれていたら・・・。

    骨折でなくて良かったが、もし骨折していて動くことすらできず、そのまま人が通らず何時間も経過してしまったら・・・。

    やはり年老いた叔母を一人にさせるのは心配だ。

    ここは長い時間をかけてでも説得し、母親と一緒に移住させなければと決意を新たにしている今日このごろである。

  • レイコノコト 2

    以前にも書いたようにレイコは我が母の二歳違いの妹だ。

    いつも帰省するたびに顔をあわせてはいるのだが、今回の帰省ではレイコの他に母親より五歳年下、九人きょうだいの末っ子である叔父のタカノリが遊びに来ていた。

    そもそも今回の件に関しては帰省するかなり以前からスッタモンダあり・・・。

    現在タカノリは東京に住んでいるが、仕事をとっくの昔にリタイアして自由人となり、日本全国を排気量1200ccの大型バイクにまたがって勝手気ままに旅するということを繰り返している。

    数年に一度はフェリーで北海道までやって来て、同窓会に出席するついでに我が母ショウコや叔母のレイコと会い、気ままに北海道内を旅して帰るということを繰り返していたのだが、いよいよみんな高齢となり、タカノリにも次があるのか分からないし、ショウコやレイコが次の機会まで元気でいるとは限らない。

    そこでタカノリの奥さんともどもショウコに会いたいと連絡があったものの、ショウコは現在骨折中でまともに歩けず、それが半年も続いているものだから満足に部屋の片付けもできていない状況なので家で会うのは丁重にお断りしたのだが、そこで簡単に折れないのがレイコだ。

    今度いつ会えるか分からない、今度まで生きているかも分からない、老人とはいえ可愛い弟が会いたいと言っているのになぜ拒否するとショウコを責めたて、強引にタカノリ夫妻と会う約束をさせてしまった。

    以前までの予定であれば、今回の帰省は6月初旬にするつもりだったが、せっかくだからお前たちもタカノリに会っておきなさいという、これまたレイコからの強要で6月後半に日程をずらした経緯もある。

    前回の帰省の際に、ショウコがキッチンの換気扇周りの汚れが気になると言っていたので今回は掃除するつもりでおり、それと同時にすでに使わなくなった鍋やフライパン、ヤカンなどをまとめて処分することも決めていたし、その他に洗面所の汚れは自分が気になっていたので洗面台周りの掃除も最初からするつもりでいた。

    実家に到着した18日は移動の疲れもあるので19日にすべて終わらせるつもりで朝から気合を入れているとレイコから悪魔のような電話があり、話しを聞くとリビングのレースのカーテンの汚れが目立つので洗濯せよとの指令だ。

    こちらにはすでに上述した予定があるし、馬鹿でかい窓にかけられたカーテンをはずしたり洗濯したり、またそれをかけ直すなど面倒だったので忙しいと伝えたのだが、何だかんだと理屈をこねて洗濯せよと迫ってくるわ、門柱の瀬戸物でできた表札が割れているから接着剤で修繕せよとか細かな指示が飛ぶ。

    そもそもは・・・、そもそもはである。

    部屋が綺麗ではなく、体も調子が悪いので遠慮したいというショウコの申し出を無視してゴリ押しで予定を組み、我が家にタカノリ夫妻を送り込むことを勝手に決めたくせに汚れが目立つから綺麗にせよとは何事か。

    あまりにも腹が立ったので不機嫌な声を全面に出して電話を切ってやったところ、数時間後に猫なで声で酒の肴に合う美味しい食べ物をあげるからという連絡があったが、そんな手に乗るかと不機嫌なまま対応してやった。

    そして、実際にタカノリと会う話しにしても、連絡を取り合っているうちに状況がコロコロ変わる。

    最初は奥さんを連れてくるなどと聞いていなかったし、当日が近づくにつれタカノリとは会わず、その奥さんと昼食を共にして、その後にショウコの待つ実家に出向くなどと言う。

    なぜタカノリが同席しないのか、なぜ限りなく初対面に近い奥さんとだけ会食せねばならないのか、また奥さんとショウコも過去に数度しか顔を合せたことがないのに会ったところで何を話せば良いのかなどなど、情報の錯綜と事態の混乱、それに対処できない感情で我が家は混迷を極め、一緒の食事がとてつもなく鬱陶しく思えてきた。

    そこで、昼食はタカノリの奥さんとレイコの二人でしてもらい、それが終わったころに合流して一緒にコーヒーでも飲み、その後に実家にお招きしようという作戦を思いついたのでレイコに電話したところ、何が何でも昼食に同席せよとえらい勢いで迫ってくる。

    仕方ないので渋々ながら承知し、あまり良い気分ではない時に上述したカーテンやら表札やらの話しがあったので怒りが爆発する寸前のところまでいったという訳だ。

    そして会食の当日、それまで同席しないと思っていたタカノリがひょっこり顔を出した。

    レイコはそれを素直に喜ばず、四人だから予約もしていなかったのに五人になると座るところがないとブツブツ文句を言う。

    何となくそんな気はしていたのだが、タカノリの奥さんから聞いた話しでは北海道に来る直前、タカノリとレイコは電話で大喧嘩したらしい。

    気の強いレイコの言葉にタカノリが我慢しきれなくなり、二度と会わないと宣言して絶交状態になったという。

    一昔前の平均寿命であれば、とっくにあの世に行っているほど超高齢になってきょうだい喧嘩するなど、いつまでも元気だと褒めるべきか、馬鹿馬鹿しいと呆れるべきか。

    そんなこんなでスッタモンダあり過ぎて、その直前まで面倒で鬱陶しくて仕方のなかった会食ではあったが、実際に始まってみると会話も楽しく、充実した時間を過ごすことができたので会っておいて正解だったと今は思う。

    食後にタカノリ夫妻と実家に行き、ショウコと再会させることもできた。

    自分と 『お買い物日記』 担当者は別室でくつろぎ、ショウコとタカノリ夫妻だけで話していたが、五分だけのはずが一時間以上も会話を楽しんでいたので、それだけ有意義な時間を過ごせたのだろう。

    レイコが言うように、これが最後の機会になってしまう可能性も十分にある。

    いや、ショウコとレイコというスーパー婆さん、今でも現役ライダーのスーパー爺さんのタカノリのことなので、これから先も十年くらいは元気でいるような気がしないでもないが。

  • なまけ者 2

    自慢ではないが、やっぱり自分はなまけ者だったりする。

    人からは合理的と評されることもあるが、実際には面倒なことはやりたくないので極端なまでに効率的に物事を進めたいだけなのであって、いかに楽して最大限の効果を得られるかという点に努力を惜しまないだけだ。

    毎日の繰り返しはもちろん、週に一度、月に一度であっても同じことをやらなければならないのであれば自動化するほうが良い。

    月に一度、たとえそれが 30分で済む作業であっても、同じことを繰り返すのは無駄であるし面倒で退屈なことなので、なるべくなら自動化したいところだ。

    楽をするためなら、たとえ5時間、いや、1日や2日の時間を要しても構わないので自動化のためのプログラムをしたりする。

    今のところ、最大の悩みはこのサイトのブログ記事だ。

    いつまでも過去の古いシステムを維持していたくないし、やはり一つにまとめておきたい。

    これがアメブロやYAHOO!ブログなど外部のシステムを使っていたら新システムへの移行は難しくないのだが、ちょっとした事情があってマイナーなシステムを利用していたばっかりに移行は容易ではなく、ひとつひとつ手作業でコピペしながら投稿し直すことになる。

    ところがである。

    記事は『管理人の独り言』だけで10000もあり、『お買い物日記』、『雑感』で500ほどあるため、1日 10記事ほど投稿したとしても1000日以上と、終わるまでに3年くらいかかってしまう。

    そんな作業はしたくもないし、面倒でたまらない。

    そんなこんなで最近になって試しているのは、テキストデータのかたまりとなっている過去ログを新システムに取り込めないかということだ。

    新システム側には決まった型のデータを読み込む機能はあるが、問題なのは旧システムからデータを取り出す方法がないことで、格納されたデータを手動で持ってくるしかない。

    しかし、それも新システムで決められた形式にはなっていないので加工する必要があるのだが、エクセルなどで読み込んで列を入れ替え、200909302309と数字の羅列になっている日付と時間を2009/09/30 23:09と変換し・・・などなどという作業を手作業でやるのは面倒だ。

    そこで格納されているデータを読み込み、決められた形式にすべて変換して出力するプログラムを作ってみた。

    まだ試験的に使ってみている段階だが、どうやらうまくいっているらしい。

    これで楽して過去ログを新システムに移行できるというものだ。

    そう、自分は楽をするための努力は惜しまない、究極のなまけ者なのである。

  • なまけ者 1

    自慢ではないが、自分は相当ななまけ者だったりする。

    相手のいることであれば、それなりの責任感もあるし達成するための努力はするが、自分にはとことん甘いので辛いこともしなければ努力もしない。

    たとえば仕事であれば夜遅くまで作業することも苦にならないし、お客さんの要求を満たすために努力するのは当然だ。

    しかし、中年を過ぎてどんどん膨らむ一方の腹を引っこめようとか、増加した体重を減らすためのダイエットをする気などさらさらない。

    食べたいのを我慢するとか、嫌々ながら運動するとか、そういったものには一切の興味がなく、ウザいCMと週刊新潮への厳重抗議で何かと話題の結果をコミットするライザップ(RIZAP)なども興味の対象外である。

    最初にあのCMを見た時から、あれはライザップ側が提示した運動、食事制限などをすべてクリアできたら理想の体型になることをコミット(約束)するのであって、単に痩せることをコミットするのではないと思っていたし、2カ月であんなに体型が変わるにはどれほど辛い運動をし、どれだけ腹をすかせなければならないのだろうかと思っていた。

    とにかく好きなことにしか興味がなく、辛いのが嫌な自分であるため、生まれたのが昭和で良かったと心から思っている。

    それがなぜかと言えば、今の時代に生まれてきたなら超ダメ人間になる120%の自信があるからだ。

    子供の頃に携帯ゲーム機があれば、勉強などそっちのけで遊びに没頭すること間違いなしだと思われるし、中学生にもなれば何だかんだと親を説得したり脅したりしてスマホを手に入れ、通話無料アプリのLINE(ライン)などで悪友と連絡し合い、音楽を聴きまくり、動画を見まくっていると思われ、勉強に必要だと強引にパソコンを買わせ、アダルトなサイトを見まくっているに違いない。

    そして、だんだん部屋から出ることがなくなって引きこもり、学校にも行かず友だちの数も減って、ますますネットの世界を徘徊し、学校の勉強どころか人と関わって形成される社会性や協調性なども身につかず、精神が崩壊するところまで行ってしまうに違いないと自信を持って言える。

    自分のことは自分でよく分かっているつもりだ。

    楽な方へ、楽な方へと進み、興味のあること、楽しいと思えることしかしないという性格の持ち主であれば、面白くもない授業など受けるより、面倒な計算をしたり暗記をしたりするより、つらい思いをして受験勉強するよりパソコンやスマホをいじって遊んでいる方が良い。

    そして、そこから抜け出す勇気もなければ、苦しく面倒な生活に戻る意志もなく、いつまでも延々と自堕落な生活を続け、引きこもりのニートとなって親を困らせ、生活態度を注意されようものなら逆ギレして暴れるという落伍者になっていただろうと容易に想像できる。

    つまり、自分のようななまけ者は今の時代に生まれなくて良かったのだ。

    古い時代に生まれたからこそ、友だちと話すにしても電話機は家に一台しかなく、それがリビングにあるものだから危ない話しなどできないし、長電話すれば親に叱られる。

    テレビだって今のように24時間やっている訳ではなく、深夜になればほとんどの局が放送を終了するし、深夜ラジオを聴いていても部屋を暗くして目を閉じていれば眠くなる。

    ヒマな時間はレコードを聴いているか、マンガを読んでいるくらいなもので、それだって同じマンガを何度も読んでいると飽きてしまい、とうとうやることがなくなって仕方がないから勉強でもするかという気になった。

    ところが今の時代はテレビ局も24時間休まず、無料ゲームはダウンロードし放題、音楽も低額で聴き放題、ネットの世界をのぞけば青少年が興味津々のエロ画像や動画であふれ、掲示板やSNSで悪態をつくなど楽しく、そして忙しすぎて勉強などするヒマがない。

    そんな世界にどっぷりと浸かる姿が見えるからこそ、今の時代に生まれてこなくて本当に良かったと、なまけ者を自覚している自分は胸をなでおろしたりしているのである。

  • ため息

    子供のころ、ため息をつくと幸せが逃げると親に叱られたものだ。

    それが本当かどうかは分からないが、ため息には良い効果もあると最近になって分かってきた。

    1. 自然と腹式呼吸となる
    2. 体内ホルモン分泌腺を刺激し、正常な分泌促進効果をもたらす
    3. 血流量が増加する
    4. 副交感神経が優位になり、リラックス効果が生まれる
    5. 脳が不安を感じる回数を減らすことができ、ネガティブな感情を軽減できる
    6. 脳と体に新たな酸素を供給してくれ活性酸素を取り去る

    などが挙げられるが、やはり

    1. 副交感神経が優位になりすぎ自律神経が正常に機能しなくなってしまう
    2. 周囲にいる人を不快にさせてしまう場合がある

    などのマイナス効果もあるので注意が必要だ。

    かなり以前に勤めていた会社の上司は日に何度もため息をつく人だった。

    仕事中はもちろんのこと、雑談をしている時、昼食の時間、宴会の席と、まさに所かまわずといった感じで、正確に数えたことなどないが出社してから退社するまでの間に 30回以上はため息をついていたのではないだろうか。

    最初は体調が優れないのか、仕事に行き詰まっているのか、家庭でトラブルでもあったのかと心配したりもしたが、あまりにも数が多く、それも年がら年中とあっては単なる迷惑行為でしかない。

    人のため息を聞くとこちらまで気分が暗くなり、それが異常に多いと不快以外の何ものでもないので、昔親に言われたように
    「ため息ばかりついてると幸せが逃げますよ」
    と言ってやったが
    「ふんっ」
    と鼻で笑ったかと思うと横を向いて
    「はぁ~」
    とため息をついたりしていた。

    その上司のため息は有名で誰もがそれを鬱陶しく思っていたのは、ネガティブな要素が強くて聞くと士気の低下が著しく、仕事に力が入らなくなってしまうからだ。

    本人は無意識にやっている癖なのだろうが、周りまで暗くなるような行為は避けていただきたい。

    ため息の中にはポジティブ要素の強いものもある。

    根を詰めてやっていた仕事や作業が一段落した時、何らかの達成感が得られた時などはため息が出るし、緊張状態から開放された時や心配事が解消した時は安堵のため息をつく。

    そしてもう一つ、とても美味しい物を味わった時にでるため息だ。

    少し前に世界中でブームになっている和食に関するテレビ番組を見たのだが、そこでは日本独特の出汁(だし)について語られていた。

    和食には出汁を使う料理が多く、このうま味なしでは日本食は考えられないと言っても過言ではないという内容だ。

    しかし、このうま味と言うのは微妙なもので、味の基本 5要素である甘味・塩味・酸味・苦味・うま味のうち、『うま味』を感じ取れるのは東洋人、それも敏感に感じ取れるのは日本人だけだという。

    うま味物質のグルタミン酸ナトリウムは 1908年に池田菊苗が昆布から発見した。

    それは甘味・塩味・酸味・苦味のどれにも属さないことから、日本では古くからうま味を基本味に加えて認識していたが、欧米ではうま味を味わう料理が発展していなかったので長らくうま味を除く 4基本味が支持され続けたらしい。

    うま味の存在が認められたのはつい最近のことで、世界がやっと気付いた味ということになる。

    それに加えてこのうま味、人類共通のリアクションを引き出す物質でもあるらしい。

    テレビを見ているとヨーロッパの人たちが昆布と鰹でとった出汁に少し塩と醤油を加えたものを味わった時、多くの人の口から
    「はぁ~」
    とため息がもれる。

    どんなに美味しいイタリア料理を食べてもため息はでないだろう。

    世界三大料理である中華料理、フランス料理、トルコ料理を食べたところで
    「うまいっ!」
    とは言っても、心の奥底から湧き出るようなため息にはならないものと思われる。

    和食だけが持つ、あの不思議で独特な味はなんだろう。

    フランス料理にもフォン・ド・ヴォーやブイヨンなどという和食でいうところの出汁は存在するものの、基本は肉や魚と野菜を長時間煮込んで味を抽出するものだが、日本のかつお節、味噌、醤油などは発酵が基本で、それを作るまでに気の遠くなるような手間ひまがかけられている。

    これまたヨーロッパで大人気、品薄になるほど売れに売れている『スリミ』、いわゆるカニカマにしても、魚をすり身にして調味料を加えて練り上げ、それを蒸して特別な製法でカニの身のような食感を作り出すという手間のかかった食べ物だ。

    豆腐にしてもコンニャクにしても、かまぼこ、竹輪などの練り物にしても日本には手の込んだ食材が多い。

    海外では肉や野菜などを切って調理するだけだし、葉や実を乾燥させた調味料を加えて味付けするだけの料理が圧倒的だが、日本の場合は使う食材、調味料そのものがすでに手間ひまがかけられている。

    そんな和食を口にして出るため息は、安堵のものか、感動からか。

    どうやら日本人の DNAが反応して美味しい日本の味にため息をつくのではなく、全人類共通の何かに訴えかける力がうま味にはあるらしい。

  • デジタル化の波 Signal-18

    デジタル化の波 ~目次~

    以前に何度もデジタル化に関して書いているが、やはり映像、音楽のデジタル化に関しては世の中を劇的に変えたインパクトを持つものと思われる。

    このブログや無数にあるWebページ、Facebook や Twitter など文字のデジタル化によって変わったことも多く、メディアのあり方までも大きく変えようとしているが、文字が発明され、石に刻まれることによって後世に歴史を継承できるようになり、それが紙に書かれるようになって印刷できるようになったことから書物として保存され、活字が生まれて書物の数が増え、ワープロの登場によって文字が電子化されて磁気テープ、フロッピーディスク、ハードドライブ、USBメモリー、クラウドサービスと保管場所が莫大な容量を持つところに置き換わったように、それは太古の昔から脈々と受け継がれる文字文化の変遷の一部でしかない。

    しかし、音楽・音声や映像のデジタル化は、世に初めて蓄音機が登場した時のような、初めてラジオが登場して遠く離れたところで話している声が送り届けられた時のような、そして何より初めてテレビが発明されたときと似たインパクトを持つ。

    古代文明から伝わる文字の歴史と比較すると音声が電波に乗ったのは 1900年、デジタル化され CDになったのは 1982年と、まだ 100年程度の歴史しかない。

    それが映像となれば動画を電波で送受信できるようになったのは 1926年、動画のデジタル化に成功したのは 1983年と、また 80年程度のことだ。

    文字が何千年もかけて進化してきたのと比較すると 1/10、1/100というごく短期間で劇的に進化しているが、人間というのは慣れるのが早いもので、今ではそれが当たり前のことになって誰もその恩恵をありがたいと思ってはいない。

    少し前のことになるが、『<a href=”https://my-room.flexpromotion.net/1_nikki/”>お買い物日記</a>』 担当者が ATMの順番待ちをしている際、小さな子どもを連れた母親が前に並んでおり、待ち時間が長くなってきたものだから退屈した子どもがグズりだしたらしいのだが、母親はバッグからスマホを取り出し、ササッと操作してアニメを再生すると子どもは大人しくなって画面に見入っていたという。

    これが映像のデジタル化の恩恵でなければ何だというのか。

    帰省ラッシュで渋滞する車の中でもそうである。

    以前までなら退屈してグズる子どもの気を紛らわせる手段はなく、疲れて眠ってしまうのを待つしかなかっただろう。

    ところが今は DVD、BD のようなコンパクトなメディアで持ち運べるため子供向け番組やアニメを流しておけば良い。

    病院で診察の順番待ちをしている時、外食時に席が空くのを待っている時、子どもが騒ぎ出せばスマホでアニメを見せていれば大人しくなる。

    親にとってこれほど便利なものはない。

    いや、親だけでないだろう。

    マージャンばかりやっていた若かりし頃、最低でも 2時間、長ければ丸一日と長丁場になる中で困っていたのは BGMだ。

    以前はアルバムCDを聴くか、カセットテープに録音したものをリピート再生するしかなかったが、いくら好きなアーティストの曲であっても2周、3周すると飽きてしまう。

    長距離ドライブの際も同様で、車で聴くものと言えば CDかカセットテープしかなく、同じ曲ばかり聴いて飽きると交換するということを繰り返した。

    しかし、それでも数には限りがあり、結局は耳にタコができるほど同じ曲を何度も何度も聞く羽目になったものである。

    ところが今は何千、何万という曲を小さなメモリーに保存しておき、それをランダムに再生することができる。

    それどころか月額数百円という低料金で 1000万曲でも聴き放題とうサービスまで登場し、1曲約 4分と仮定してもすべて聞くまで 27,000日、76年もかかるという恐ろしい時代になった。

    こんなシステムが以前からあれば、マージャンやドライブがより楽しかったことだろう。

    それが当たり前となった今を思い、ピコピコいうビープ音しが出せず、8色しか使えない画像を画面いっぱいにに表示するまで 5秒ほど必要だったパソコン創世記を思い出し、時代の進歩、テクノロジーの進化というのは凄いものだと感慨にふけっている骨董品の自分がここにいる。

  • モテ期

    誰にでも一度は訪れると言われているモテ期。

    男性であれば女性に、女性であれば男性にちやほやされる時期が必ずあるという。

    ところが自分の場合はモテ期があったという自覚がない。

    以前からこの雑感に何度も書いているように、若かりし頃は線も細く最長で腰までとどくような髪をしていたことがあり、その頃は男性からもの凄い勢いで声をかけられたりしたが、それは同性からのことなのでモテ期とは呼べないだろう。

    さっぱり自覚がないのにマサルは
    「中学、高校時代のおまえはモテてたよなぁ」
    と言う。

    そんなことを言われても、モテた記憶は 1ビットもないのでポカンとしていると、
    「おまえのこと好きだっていうやつ山ほどいたぞ」
    とか
    「なんかファンクラブみたいなのもあったし」
    などと言うではないか。

    それならそうと、なぜ当時の自分に言ってくれなかったのか。

    中学時代だって高校時代だって女子から告白されたことなど一度もないどころか、好きになった女子に告白しては玉砕するという日々を過ごしていた。

    楽しそうに交際しているカップルを見ては彼女ができない自分にため息をついたりする毎日だったのである。

    今までの人生を通してバレンタインデーにバリバリの本気チョコをもらったことなど、たったの 2個しかない。

    チョコをもらってニコニコしている奴を尻目に、そんなことで喜ぶなんぞ軟派なやつのすることだとうそぶき、その裏でチョコが入っていないかと机の引き出しにこっそり手を入れては、食べ残した給食のカビたパンを掴んでガッカリしたりしていたものだ。

    もちろん彼女がいた時期もあり、その際にチョコレートをもらったりしてはいるが、すでに交際しているので限りなく義理チョコに近く、それを渡すことによって告白とみなすような本気度満載のチョコとは違う。

    そして、人生において女性を振ったことはなく、いつも振られて終わりになっている。

    そんなこんなで何も良い思い出などないのでモテ期があったと思えない。

    そもそも、そのファンクラブなるものが存在していたのであれば、いったいどこでどんな活動をしていたのか。

    本人が知らないところで秘密裏に活動しているアングラ組織的なものがあったとすれば、それは嬉しいどころか多少の不気味さを覚えてしまう。

    モテた記憶も自覚もないのは、子供の頃から男女を意識することなく、誰とでも平気で遊んだりしていたことが原因なのだろうか。

    あまりにも近い存在だったため、そしてあまりにも仲良くしていたため異性を感じることができず、結果として相手が何らかのシグナルやオーラを発していても気づかなかったのかもしれない。

    いや、そうではないだろう。

    いくら自分が鈍感であっても、それなりの態度を示してくれたら気付いたに違いない。

    つまり、身近にいて仲良くしていた中に自分に恋愛感情を抱いていた女子はいなかったのだと思うし、大人になってからも
    「実は・・・」
    などと昔ばなしで好きだったと聞かされたこともない。

    自分はモテないと思っていたし、自分に自信もなかったのに、はるか昔のことを今になって
    「モテてたよなぁ~」
    とは何事かっ!

    あまりにも悔しいので、そのモテ期だったという時代に何とか戻れないものかと、一刻も早くタイムマシンが発明されることを願ってやまないのである。