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  • 真性雑感 第五版

    真性雑感 ~目次~

    ■ プロ野球ペナントレース

    セ・リーグで応援している阪神タイガースはジャイアンツと首位争いをしているので実に楽しく、以前の雑感に書いた巨人はスタートダッシュの効果は持続しているものの、じわじわと追い上げられ、日替わりで阪神と首位争いをするなど夢にも思わなかったことだろう。

    3位以下を 8.5ゲーム差で引き離している(06/15現在)2強状態なので他球団のファンは面白くないだろうが、関西はきっと盛り上がっているものと予想され、シーズン開幕前の 3/27時点で優勝マジック 144を点灯させた尼崎中央商店街は大盛り上がりになっていることだろう。

    北海道に帰ってきてからというもの、すっかり阪神タイガースの情報量が減ってしまい、久しぶりに試合を見ると顔を見ただけでは誰なのか分からない選手も多くなってきた。

    逆に情報量が半端ではなく、これでもかというくらい溢れているため、とっても詳しくなってパ・リーグで応援する球団となった日本ハムはダントツの最下位だ。

    上にはオリックスの姿が見えるものの、ゲーム差は 3と大きく、神風でも吹かない限りクライマックス・シリーズに進むことすら危ぶまれる。

    あるテレビ番組で、応援している球団が弱い年でもプロ野球を楽しむ方法を阪神ファンに教わるという企画をやっていた。

    すっかり常勝集団となった阪神タイガースのファンにそんなことを聞くのも失礼というものだが、以前まではファンですら自嘲気味にダメ虎だの何だのと言いつつも、どんなに負けが込もうが連敗しようが熱狂的に応援し続けていた、そんな姿勢に学ぼうと企画されたものだと思われる。

    たぶん、それほど危機感が強いのだろう。

    4/20の雑感に書いたように、道産子は選手を野次ったり怒鳴ったりすることは稀だが飽きやすいという欠点があり、ペナントレースや試合、球団への興味が薄れてくると何も言わずに去っていく危険性が高い。

    そんな北海道民を日本ハムファイターズのファンに留めておくためにも必要な企画で、日ハム離れ、プロ野球離れが進むとテレビ局も高視聴率番組を失いかねず、ひいてはテレビ広告費の減少につながってしまうのでつなぎ止めに必死なのだろう。

    交流戦の場合、阪神 vs. 日ハムというカードが実現してしまい、そんな時はどちらを応援したら良いものか困ってしまうが、セ、パ両リーグに好きな球団があるというのはなかなか良いもので、どちらかが低迷していても一方の調子が良ければシーズンを楽しむことができる。

    今季は日本シリーズで阪神 vs. 日ハムは実現しないだろうが、いつかその日が来るのを楽しみにプロ野球を楽しもうと思う。

    ■ アベノリスク

    その経済効果がすっかり薄れてアベノミクスはアベノリスクになりつつある的な論調が増え、株価下落と円高基調を憂うマスコミばかりだが、株価の下落は日本株が安いうちに買い越していた海外の投資家が高値で売り抜けたのが要因だと思うし、外国人投資家が日本株を売って資金を比較的安全な資産である円買いに回すのだから円安も当然だろう。

    安倍政権が発足してまだ半年である。

    もう半年と言えなくもないが、この半年間で示したリーダーシップ、行動力は民主党など足元にも及ばないほど力強く迅速であり、過去の自民党政権にも類を見ない。

    他国のリーダーがやっているような、経済界の要人を引き連れての外交、製品や技術を紹介し、それらを売り込むトップセールスなど今まで見たことがなく、とても歯がゆい思いをしていたのだが、安倍首相は精力的に訪問団を構成して外交に努めている。

    本当にできるのかは別問題として、聖域なき構造改革、規制改革も次々に実行しようとしており、この規制緩和ではなく規制改革という呼称には今までにない意気込み、信念が感じられ、できるところまでやってみなはれというサントリー的精神で見守りたくなろうというものだ。

    それらの内容が盛り込まれた政策、いわゆるアベノミクスは株主のご機嫌取りでやっている訳ではない。

    即効性があれば文句はないのだろうが、そんなに良く効くカンフル剤、劇薬など存在するはずもなく、基礎体力を回復させた上で手術するなり治療するのが王道であり、それ以外の近道など存在しないのではないだろうか。

    したがって、本当にアベノミクスの効果が出始めるのに最低でも数カ月単位、年単位の時間がかかるだろう。

    前回の衆議院選挙で自民党を選んだのが正しかったのかは、数年後にならなければ答えが出ないだろうし、短期に利益を得ようとする投資家と呼べないようなトレーダーの行動で上下する株価や為替が、アベノミクスの成否を決定づけるものでは決してないのだけは確かだと思う。

  • 男と女の間には

    男女平等だの雇用機会均等法だのと言われる世の中ではあるが、やはり持って生まれた性、遺伝子、DNAの違いというのは避けようもなく、意識的に振舞わない限り決定的な差を埋められるものではない。

    毎朝の散歩で多くの小学生、中学生、高校生に会うが、中学生ともなれば体つきも男女の差は顕著になり、それが高校生ともなれば如実に現れ、平均的には男の子のほうが背が高く、体つきもゴツくなって男性らしくなってくるし、女性はしなやかに丸みを帯びてくる。

    小学生のうちは体つきに大きな差はないし、変声期を迎えるまでは声の高低にも差がないので、見かけでは着ているものや髪型だけが男女の差だ。

    しかし、男と女の間には目に見えない何かが確実に存在するらしく、それは小さなうちから行動に現れる。

    女の子は小さな頃から母性というものを持ち合わせているらしく、下級生の扱いが実にうまいし、見ていて感動すら覚えることも少なくない。

    近所の子なのか、妹や弟なのか、下級生と手をつないで登校する女の子をよく見かけるが、小さな子が文法的に理解困難なことをゴニョゴニョと話しているのを優しい笑顔で聞いてあげている。

    男の子が下級生と手をつないで登校する姿もたまに見かけるが、多くの場合は親に言われたから渋々手をつないでいるだけといった雰囲気で、二人の間に会話はない。

    下級生が何か困って話しかけたのに対し、上級生の女の子がしゃがんで小さな子と目線を合わせて話を聞いてあげる姿を見て感心したこともある。

    そんな時も男の子は下級生の顔を見ることもなく、生返事で適当に相づちを打っているだけで、気持ちはかなり先を行く友だちの方に向いているようだ。

    数日前、横断歩道で信号待ちをしている下級生と上級生の女の子がいたのだが、下級生が徒競走でスタートを待つように走る準備をしているのを見た上級生が同じようにポーズをとってあげて、信号が変わった途端に走りだす下級生の後ろをわざとゆっくり走り、先に反対側の歩道に着いて両手を挙げて喜ぶ下級生に向かってパチパチと拍手をしてあげていた。

    何と感動的な姿だろう。

    これが男の子であれば、相手が年下や女の子であろうと容赦なく、わざと負けてあげて相手をほめるなどということは頭の片隅にもなく、全力疾走で駆け抜けて勝ちを狙いに行くに違いない。

    下級生が負けてくやしがったり泣いたりして初めて自分の立場に気づくが、その場を取り繕うこともなく先に進むというのがオチだと思われる。

    下級生に優しく接することのできる女の子は、母親に優しく愛情いっぱいに育てられ、自分もそうされたからできるのだろうし、親が弟や妹にするのを見て接し方を覚えたのだろうが、それを実践できるのはやはり母性なり何なりがあるからだろう。

    多くの男の子の場合、弟や妹を無事に学校まで送り届けるように親に命じられた義務感、使命感のみで行動するだけで、そこに愛情や思いやりが存在することは少ないのではないだろうか。

    下級生のうちから女の子は数人が集まってペチャクチャと話しをしながら歩いていることが多いが、男の子は無意味に走る。

    何の目的なのか、先に何がある訳でもなく、ゴールが定められている訳でも、時間に遅れそうな訳でもないのに、誰ということなく急に走り出し、数人が後に続くという謎の行動を良く見かけるのだが、走りだした本人に理由を聞いても答えられないだろうし、偉い先生が研究しても謎は解けないのではないだろうか。

    理性や知性では推し量ることのできない行動などは、持って生まれた性(さが)、本能による歴然とした差となって表れているに違いない。

    それは太古から続く遺伝子の継承による差でもあるので、無理に平等化、平準化を図る必要があるのか疑問だ。

    機会の均等、対価の均等はもちろん必要だが、根本部分さえ均等であれば、細かなことまでルール化する必要などないような気がする。

  • 表現力

    もちろん、受け手の解釈力、読解力などの違いによって大きく左右されるが、情報の発信はとても難しいものであり、その深くて険しい谷底に転落してしまった典型が橋下徹大阪市長だろう。

    その発言内容の信ぴょう性、的を射てるかどうか、正論か異論か暴論かは別としても、これほどの極論を発する人物に国政は任せられないだろうし、外交なんかもってほのかというのが一般的な意見だと思われる。

    海外から見て日本人ははっきりと物を言わず主張性に欠けるとは言われているが、何でも考えなしにポンポンと発言して良い訳でもない。

    特に外交などは相手のあることであるし、周辺各国の理解を得て味方してもらえるような戦略も必要となる。

    日本が北朝鮮による拉致にこだわるあまり、アメリカ、中国、韓国、ロシアと歩調が合わず六カ国協議の足手まといになっている的な論調が一部の国際世論にあるが、韓国だって数百人単位で拉致されているのだから草の根で世論を動かし、拉致被害者の救出という点において共同歩調をとるべきだろう。

    その韓国とは竹島問題でトラブっているので共同戦線を呼びかけることはできないが、尖閣諸島問題で対峙する中国の横暴を阻止するためにも、同じように領土問題を抱える国々と一致協力することが重要だと思われる。

    中国と領土問題で争う国は実に多く、同国民でありながら争う台湾、モンゴル、ロシア、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタン、インド、ミャンマー、ブータン、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイなど、国境や海域が接するすべての国と紛争ネタを抱えていると言っても過言ではなく、海域が接していながら争いがないのは韓国くらいのものだ。

    争いがないものだから韓国と一緒になって日本が悪いと責め立てているが、実は唯一無二の仲間が肩を組んでギャーギャー言っているだけの話しであり、周辺国では孤立状態にあるはずなのだが、そこは外交力でカバーし、日本と北方領土問題を抱えるロシアに接近を図っているし、犬猿の仲と言われるインド、パキスタン両国に対しても経済関係を強化している。

    そういう微妙なパワーバランスを保ちつつ、自国の主張を通す繊細な作業が必要な外交で、いきなり日本が何もしないなら東京が尖閣諸島を買うとか言い出し、中国、台湾のみならずアメリカまで腰を抜かさんばかりに驚かせた石原閣下と、何を思ったのか、急に従軍慰安婦は必要な制度とか沖縄米軍は風俗店を活用せよとか言い出す橋下氏が共同代表を務める日本維新の会に、日本の未来を預けられるかと問われれば大きな疑問符が頭の10センチほど上に大きく表示されるだろう。

    両者に情報や意見の発信力があるのは認めるが、表現力、説得力が伴っているかは疑問であり、周りとの軋轢が多いことからも、その能力は決して高くないものと思われる。

    その点、表現力が不足していることが逆に魅力的で、少ない語句が勝手に肉付けされたり想像力で解釈するのが楽しかったのが小泉純一郎氏であり、その異才を見事なまでに継承しているのが息子であって政治家である小泉進次郎氏だろう。

    本人は意識しているのか、いないのか、知ってか知らずか、その短く発する言葉に世間の注目が集まり、それが実に些細なことであっても深く思慮された言葉として解釈される。

    なんと得な人柄なのだろう。

    どんなに必死に説明しても人に伝わらないこともあるし、どんなに正論を吐いても軽々しい人物に見られてしまう人も多い中、短くボソッと言った言葉を周りが勝手に拡大解釈し、それが重みをもって伝えられるとは。

    ただし、それは日本人同士だからこそ成り立つことであって、それが海外に通用するとは限らいとは思うが。

    短くて分かりやすく、なおかつ表現力豊かな言葉。

    それが身についたら元サッカーの日本代表監督で数々の語録を残したイビチャ・オシムのような名指導者か、アイドルが歌うポップスから大御所の歌う演歌まで手がける秋元康のような名作詞家になれるかもしれない。

  • 解釈

    『二兎追うものは一兎をも得ず』 とは文字通り、二羽のウサギを追ったりしていると結果的にどちらも得ることができないという欲を戒めることわざである。

    解釈の違いということではないが、これに関しては 『二兎追う者だけが、二兎を得ることができる』 という、貪欲に可能性に挑戦して大きな成果を期待すべきという反論的な言葉もあってなかなか興味深い。

    本当に野山を駆けまわって兎狩りをしていたような牧歌的時代であれば前者が正しいように思うが、資本主義、実力主義、個人主義が台頭する殺伐とした現代社会においては後者の方が的を射ているのかも知れない。

    そんなこととは一切の関係がなく、それをウサギのこととは知らずに 『二頭追うものは一頭をも得ず』 と何らかの動物を追う言葉だと思っていたのは 『お買い物日記』 担当者だ。

    『船頭多くして船山に登る』 とは意思決定の重要性を説いたことわざで、民主党のように本当のリーダーは菅直人なのか鳩山由紀夫なのか、はたまた小沢一郎なのかハッキリせず、互いの顔色を見たり機嫌を伺ったりしていると国家があらぬ方向に進んでしまう危うさ、本来の進むべき道を見失ったり誤ったりした結果、船だというのに山に登ってしまうようなものだという意味である。

    ところが、これを独自解釈した知り合いは、優秀な人材がたくさんいると船に乗ってですら山に登ることができる、つまりは不可能を可能にすることができるという意味だと力説していた。

    なるほど本来の意味とは異なるが、文字だけ読むとそのような解釈も成り立たないことはなく、単に本来の持つ意味や解釈と異なるだけで文法的に大きな間違いはないだろう。

    したがって、間違いなく相手に理解させるには他のことわざで 『役人多くして事絶えず』 を使うか、海外で使われる 『コックが多すぎるとスープがうまくできない』 を用いたほうが伝わりやすいのかも知れない。

    ことわざなどという面倒なことではなくても解釈の違いは生まれる。

    先週の雑感にも書いた若いころに勤めていたコンピュータ関連会社は若いエネルギーに満ちあふれていたが、当時は業界の慣例ともなっていた超不規則な勤務時間によって極端に体力を失い、エネルギーを奪われていた。

    普段から終電に間に合うかどうかの帰宅時間で、マスターアップと呼ばれる仕事の納期が近づくと連日の泊まり込み、徹夜作業が常態化していたのである。

    そんな時、三共製薬(現在の第一三共ヘルスケア)から画期的な風邪薬が発売された。

    風邪の症状を抑える薬の多くは眠気をともなうため運転時や仕事中に服用するのをためらう人が多かったが、三共製薬から新発売になった風邪薬は眠気を起こす成分を含んでおらず、そのキャッチコピーは 『眠くならないカコナール』 というものだ。

    ところが、そのキャッチコピーだけが強烈なインパクトを与え、風邪薬であると知らなかった若手社員は、徹夜のための準備として皆が薬局でカフェインなどを調達する中、カコナールを 10本ほど指名買いしてくるという暴挙におよび、先輩社員から大爆笑されるという事態に至った。

    確かに商品を知らず、『眠くならないカコナール』 というコピーだけ脳にインプットされればカフェインなどと同様に眠気覚ましドリンクの一種だと思ってしまうことだろう。

    酒を飲む自分を心配し、『お買い物日記』 担当者は肝臓に作用するゼリア新薬の 『ヘパリーゼ』 を買ってくれている。

    テレビ CMでも飲み会などで疲れた肝臓に効くと謳っている、肝臓をいたわり、肝臓の動きをサポートする市販薬だ。

    ここのところは酒を飲み始める前に服用するのが習慣になっている。

    そして、薬を飲む際には
    「酒を無限に飲めるようになる薬を飲まなきゃ」
    とか
    「酒を何杯飲んでも良くなる薬を飲まなきゃ」
    などと、勝手な解釈を披露しているのだが、そのたびに
    「ちがうでしょ」
    と、『お買い物日記』 担当者の冷たいツッコミを受けている日々である。

  • 記憶 Memory-14

    過去の記憶

    今回は今までのネタと異なり、子供の頃の記憶ではない。

    ましてや自分の記憶にまつわることでもないことを取り上げることになるが、実際、身近に起こった出来事ではある。

    若いころに勤めていた会社はいわゆるコンピュータ産業で、世にパソコンというものが広まる時期であったので技術者の平均年齢は 20代前半と若く、エネルギーに満ち溢れた職場だった。

    そのエネルギーは休憩時間にも発散され、昼休みともなると外にあるテニスコートで汗を流す者、体育館でバスケットに興じる者など様々だったが、スポーツに興味のない自分は社屋の裏にある未開の地を進み、流れる小川に何か生き物はいないか観察したりしていたのである。

    他にも何人か同じように休み時間を過ごす仲間がいたのだが、そのうちの一人が足を滑らせ仰向けに倒れたところ、そこに大きめの石があって頭部を強打してしまった。

    幸いに怪我もなく、大事に至らなかったと思った矢先、今自分がどこにいて何をしているのか分からないと言い出す。

    今は会社の裏手にある林の中であると、何度も教えているのに 30秒もしないうちに今どこにいるのかと尋ねてくる。

    普段から冗談を言ったりする奴だったので、最初はふざけているのだろうと思っていたのだが、あまりにも執拗に場所を聞いてくるので冗談ではなく本気で言っているのか、本当に分からないのか確認したところ、転ぶ寸前までの記憶はあるが、それ以降はまったく覚えておらず、今している会話すら数秒後には記憶から消えるのだと言う。

    これは大変なことになったと状況を上司に説明し、打ちどころが悪かったに違いないと脳神経外科に連れて行くことにした。

    レントゲンや脳波の検査などが終わって医者が説明するには一過性全健忘(TGA)であり、何かのきっかけに突然発症するが、通常は 24時間位内に自然治癒するのだという。

    今回の場合は頭を強打したことによるものだが、外傷も内出血も骨折もないので特に治療の必要もなく、一晩寝て起きれば治っているだろうとのことだった。

    医者や本人が言うには記憶できないのは頭を打った瞬間からのことで、それ以前の記憶はあるので一人で帰宅できるとのことだが、やはり心配なので先輩の車で送り届けることにした。

    その車の中でも 30秒おきに、それも延々と今日は何月何日なのかと聞かれて閉口したが、しつこいとかうるさいとか叱っても仕方のないことなので、ため息混じりに今日の日付を 30秒おきに、そして延々と答えていたところ、その会話とも言えない虚無な言葉のやりとりが急に止まる。

    そして、すでに車内ではケンボーと呼ばれるようになってしまった健忘症の彼が
    「今、道路に金髪のネーチャンの本が落ちていた」
    などと言い出す。

    一過性健忘であり、今は何も記憶できないという症状ではないのか!?

    という大きな疑問を抱きつつも、金髪ネーチャンにのみ反応し、そんなことだけは記憶できる彼の性格というか脳のことが可笑しくてたまらない。

    自宅に送り届けても、30秒おきに今日の日付を、47秒おきに金髪ネーチャンのことを繰り返す彼を見守っていると同棲中の彼女が知らせを聞き、仕事を早退して帰宅したので後を託して会社に戻った。

    翌日、医者の言う通り症状は治まり、見事に社会復帰した彼は言う。

    どうしても道路に落ちていた金髪ネーチャンの本が気になったので見に行くと、それは金髪ロン毛のロック歌手の写真が載った 『ヤングギター』 だったと。

    それから何カ月もの間、彼は職場でエロケンボーと呼ばれるようになったのであった。

  • 偏頭痛の変遷

    一昨日から始まったお買い物日記』 担当者の頭痛はまだ続いている。

    そもそも、この偏頭痛が始まったのは知り合って間もないころからであり、それまで定期的な偏頭痛などという症状はなかったらしい。

    ひどい時は痛みに耐え切れず床に伏せることもしばしばで、嘔吐感をもともなうので食事もままならず、日常生活に大きな支障をきたすこともあった。

    食事ができないので食後の服用を推奨する痛み止めの薬を飲むこともできず、無理に何かを食べて薬を飲んだとしてもすぐに吐いてしまって効果がない。

    幸いなことに激しい痛みの中でも眠ることはできたので、頭痛が始まるとただひたすら眠って激痛が治まるのを待つしかないという状況だった。

    数年前、『お買い物日記』 担当者は大病を患ったが、術後の化学治療は様々な副作用があり、中には激しい嘔吐感も含まれていたので、それを抑制する薬も処方されていた。

    さらに開腹手術の痛みを和らげるために処方されていた痛み止めの薬の効果からか、しばらくの間は頭痛から解放されていた経緯がある。

    それらのことから、頭痛が始まると市販薬ではなく処方薬を飲み、嘔吐感を伴った場合は同じく処方された吐き気止めを飲むようにしたところ、症状はかなり軽減されることが判明した。

    これはもっけの幸いと、化学治療が終わって 4年が過ぎた今でも痛み止めと吐き気止めは一定間隔で処方してもらっている。

    それというのも 『お買い物日記』 担当者の担当医も偏頭痛持ちで、その辛さが分かるので実際には必要のなくなった薬でも処方してくれるのである。

    効く人には効くが、試してみなければ分からないという偏頭痛から開放される可能性がある漢方薬を処方してもらって飲んでいたこともあるが、その効果の判断基準である三カ月が経過しても治らなかったので、残念ながら断念せざるを得なかった。

    世の中には同じように偏頭痛に苦しんでいる人は多く専門医もいるにはいるが、どんな治療をもってしても劇的な改善を望むことはできないようなので、これからも長く付き合うしかないと話していたところ、新たな情報を耳にする。

    担当医が言うには、偏頭痛は加齢とともに症状が軽くなり、いずれ治まるはずだとのことだ。

    それから数年、確かに発症回数は減ってきた。

    以前は月に一度くらいのペースで痛みに襲われていたが、最近は 2カ月弱に一度くらいになったものと思われる。

    そして、その症状は明らかに軽くなっている。

    寝こむほどの激痛、嘔吐感を伴う症状は半年に一度くらいしかない。

    その多くは軽度で済んでおり、何とか日常生活を送ることができる。

    また、嘔吐感がなく食欲不振にもならないので油っこいものや香りのきついもの以外であれば普段と変わらぬ量を食べられることから、痛み止めを労せず飲むことができるのも明るい材料だ。

    発症間隔が長くなり、その症状も軽度になっているのは喜ばしいことなのだが・・・。

    『お買い物日記』 担当者としては担当医に言われた
    「加齢とともに」
    という部分がどうしても気になって素直に喜べないらしい。

  • 物持ち

    物持ちが良いとか悪いとか言うが、我家の場合は二人揃って物持ちが良いので、ほとんど骨董品のようなものが家の中に溢れている。

    人に不快感を与えてはいけないので外出着には多少なりとも気を使うが、家の中で着るものなど寒さを防ぐ程度に身を守れば良く、夏などは最低限の部分だけ隠れていれば良いので、いったい何年前に購入したのか記憶の片隅にも残っていないほど古いものが多い。

    また、着心地だったり肌触りが影響するのか、気に入ったものは身に付ける回数が多く、頻繁に着るがゆえに生地の痛みも早く激しくなるというボロのスパイラルに陥るものもあるが、どんなに古くなっても捨てるに捨てられないものも存在する。

    大阪から北海道に引っ越す際に泣く泣く捨ててしまったが、何年も着続けたので良い具合に生地が体に馴染み、まるで肌の一部になったかのような着心地で、その肌触り、手触りも実に柔らかくて気持ちの良かった綿100%の部屋着があった。

    あまりにも長く着たものだからヒジやヒザ、尻の部分の生地が薄くなって穴が開いたりしていたが、それをどうしても捨てることができず 『お買い物日記』 担当者につぎあてをしてもらったことも一度や二度ではない。

    大阪生活は 13年と 5カ月間に及んだが、最初に住んだアパートから引っ越すことはなかったし、故障したので買い換えたテレビとビデオ以外は、ずっと同じ家電を使い続けた。

    しかし、大阪に住むことになって購入したのはエアコン、冷蔵庫、電子レンジくらいなもので、それ以外は北海道から運んだものであるため使用期間は 15年とか 20年に達したものも多かったと思われる。

    こちらに戻ってから住む家には多くのものが揃っていたので、冷蔵庫や洗濯機に乾燥機、電子レンジなどのいわゆる白物家電や家具は人に譲ったり廃棄したりしたため、そこで使用年数はストップしてしまったが、鍋などの調理器具、食器類は一緒に津軽海峡を渡って北海道に戻った。

    それらのものは結婚当初に買ったものも存在するが、それより遥か以前、自分が初めて一人暮らしする際、『お買い物日記』 担当者が初めて一人暮らしする時に買い揃えたものも含まれる。

    その時に買い揃えたものどころか、実家ですでに使い込んでいたのを持たされたものも少なからずあり、中には子供の頃の記憶に残っている食器まであるという物持ちの良さだ。

    昔の鍋やヤカンは丈夫にできているのか、今でも問題なく使えるし、『お買い物日記』 担当者も自分も数年に一度くらいしか食器を割らないので、驚くほどの保存状態で相当な数が昔のまま残っている。

    それには、あの阪神・淡路大震災の揺れでも被害を受けなかった強い作りのアパートに住んだ幸運も大きく関わっているだろうし、『お買い物日記』 担当者がヒステリーで喧嘩のたびに食器が宙を舞うということがないのも一因であろう。

    そもそも喧嘩をしたことがないので 『お買い物日記』 担当者が食器を投げつけたりするかも分からなかったりするのではあるが。

    食品の保存容器などもそうだが、かなり古いものをしげしげと見つめながら
    「これってどっちが持っていたものだっけ?」
    と話すことが多い。

    そして、それは俺が、それは私が、結婚前から、一人暮らしを始めるときに、いやいや子供の頃から・・・などと記憶の糸をたぐりよせながら出処を確認したりしている。

    もしかすると、それはボケ防止にわずかながらの効果があるかも知れない。

  • 情報化時代

    どんな情報でもネットで得られる時代になった。

    高度な技術的内容、科学知識、学術的な内容から下世話なことまで手にはいらないことはないと言っても過言ではないだろう。

    ロンドン・マラソン会場での爆弾テロ事件も使われた爆弾はネットで手に入れた情報を元に造られたし、ピストル、ライフルなどの銃器類の設計図だって手に入る。

    さらに恐ろしいことに、最近になって普及し始めた 3Dプリンタと呼ばれる立体物を作ることのできる装置を利用し、銃器類の設計図を使えば誰でも製造することができるようになった。

    以前は超高額だった 3Dプリンタも今では数十万円で入手可能となったので、本当に誰でも、組織ではなく個人でも容易に武器製造ができてしまう。

    さらにネットでは銃刀法違反になる刃物も売っているし、薬事法、麻薬法に抵触する怪しげな薬品や植物も売られている。

    もちろん、それらを手にすることは違法であるとか、危険性を説いた情報もたくさんあるが、好奇心から実際に購入して使ってみた感想もまた溢れるほど掲載されているのが現状だ。

    パスポートを持たずとも、意識せずとも簡単に国境を飛び越えるネットの世界では、ポルノ規制はすでに用をなさないほどアダルト画像、動画が溢れており、無修正画像やら動画も簡単に見ることができる。

    自分が子供の頃は、いくら好奇心満々でも入手できる情報など限られており、すでに経験済みの友だちやら先輩から耳の表面積を 30倍くらいに大きくして話しを聞いたり、原っぱになぜか落ちているエロ本を拾って見たり、どういうルートなのか定かではないが、普段は付き合いのない同級生も一丸となって協力し、教科書よりもヨレヨレになるほど使い込まれたエロ本が回ってきたりしたものだ。

    そのような本や写真は屋根裏やらベッドマットの下にひそませておくのが定番だったが、どんなに巧妙に隠ぺいしてもなぜか親にバレるのが世の中の七不思議といえるだろう。

    今では物理的ではなく、デジタルデータとしてパソコンのハードディスクに隠せば良く、使い方がよく解らない親に発見されるリスクは極めて少ないのだから子どもたちもやり放題に違いない。

    その他にもネットには自殺の方法から集団自殺の誘い、犯罪組織の勧誘からカルト的宗教の勧誘まで、ありとあらゆる情報がある。

    実社会においても犯罪への誘い、誘惑はあるが、ネットでは時間も場所も年齢をも問わず同一の情報に触れてしまうのが問題だ。

    もちろん悪いことばかりでなく、食材の処理から調理法、植物や動物の育て方から宇宙の成り立ちまでどんなことでも調べられるし、一般的レベルの疑問であれば解決できないことはないというほどの情報量を備えている。

    数年前の入試で問題になったように、たまにはネットを使ってデジタル・カンニングなどする輩もいたりするが、学問以外にも普段の生活における疑問に答えたり生活のヒントになる知恵袋的な情報も多い。

    冠婚葬祭のマナーから一般常識、礼状や手紙を書くときに使える様々な文例集もあり、退職願の書き方から借金の催促状まで網羅しているし、嫌われない断り方から結婚式のスピーチや葬儀での親族代表あいさつの仕方まで何でも調べられる。

    最近は静かになったが、国家機密や企業秘密まで入手可能なWikiLeaks(ウィキリークス)というサイトまであった。

    冒頭に書いたように手にはいらない情報など皆無だろう。

    しかし、そんなネットでも普通の手段では入手不可能なものがある。

    それは個人情報だ。

    これだけ情報が溢れ、拡散のスピードが高速化すれば逆に守らなければいけないものがあって当然で、個人情報はそれの最たるものである。

    しかし、個人情報保護法によって神経質になり過ぎている面は否定できない。

    今の時代、学校の生徒、父兄が繋がる唯一の方法だった連絡網など存在しないらしいし、年賀状を出す上で便利極まりなかった社員名簿なども存在しないらしい。

    確かに紙で渡されても入力の手間がかかるのでデジタルデータで名簿がほしくなり、それを誤ってネットに公開してしまおうものなら数百単位のイタズラ電話、数千単位の迷惑メールが押し寄せてくること必至なので、そのリスクを回避するためにも最初から名簿化しないのが得策なのかもしれないが。

    人間関係が希薄で隣人さえ信用ならず、外部の人に知られたくないということもあって今のマンション住人は郵便受けに名前も載せない。

    隣に誰が住んでいるのかすら分からないことも珍しくないだろう。

    まったく不思議な世の中になったものだ。

    これだけ様々な情報が入手可能な時代に隣の住人の名前も分からないとは・・・。

  • プロ野球開幕

    以前から何度か書いているように、北海道に帰ってきてからというもの毎日が日ハム漬けとも言えるほど膨大な情報を与えられたため、パ・リーグではすっかり北海道日本ハムファイターズのファンになってしまっている。

    が、しかし、今年は開幕ダッシュどころかラインについてスタートの合図とともに転んでしまい、立ち上がったと思ったら足をくじいていたような状況で、最下位を独走中というありさまだ。

    昨シーズンは栗山監督の就任一年目で、さらにダルビッシュを手放した状態でのリーグ優勝はできすぎだったとしても、あまりにもギャップが激しすぎるのではないだろうか。

    それでも北海道人、つまり道産子は優しく、温かい目で球団を見守り、どんなに連敗しようと野次ることも少なく、ビールの空き缶を投げ入れたりすることもないのが阪神ファンとの大きな違いだ。

    しかし、愛のムチがないというのも決して喜ばしいことではなく、選手を甘やかす結果となってしまうのではないかという一抹の不安もないではないが。

    2008年の中田翔の入団を皮切りに、2010年には斎藤佑樹を獲得、2011年には巨人の原辰徳の甥っ子であるがゆえに誰しもがジャイアンツの単独指名だと決め込んでいた菅野智之をドラフト 1位で指名して原辰徳の目を点にさせたばかりか、抽選で交渉権まで獲得して原辰徳を石化させてみたり、2012年にはアメリカ行きが決定的だと思われていたため誰も指名しなかった大谷翔平を 1位指名して口説き落とすなど話題に事欠かない日ハムの人気は確かにすごい。

    球団が北海道に移転して 10年、選手やスタッフ、球団のひたむきな努力もあって阪神なみにファンをがっちりつかみ、札幌ドームも黒字経営になるほどの観客動員数を誇るが、いかんせん道産子は飽きっぽいという特性を持つ。

    2004年に北海道へ移転してからわずか 3年目のという実に短い期間でリーグ優勝、さらには日本シリーズまでも制して日本一になり、翌年の2007年もリーグ制覇、その後も2009年、2012年にリーグ優勝しているし、2010年の 4位以外はすべて Aクラス入りを果たすという好成績を維持していることから注目度も高く、さらに情報量が増えてファン層が広がるという好循環を維持する結果となっている。

    球場での観戦もさることながら、すっかり北海道に根付いた日ハムは小さな子供からお年寄り、それまで野球に無関心だった女性、とくに主婦を味方に付けたものだからチャンネル争いが勃発せず、テレビ中継でも驚くような視聴率を稼ぐ。

    今の時代、視聴率は 15%を超えれば御の字、20%超えしようものなら万歳三唱するほどテレビ業界は低迷しているが、日ハムの野球中継は楽に 15%を超え、シーズン後半でクライマックス・シリーズの出場権がかかる試合ともなれば 35%を超えて 40%近い数字を叩き出す。

    ゴールデンタイムにキー局が力を入れる番組を、土曜とか日曜の昼間の放送に組み替えてでもプロ野球中継する地方局など全国にどれだけ存在することだろう。

    それだけ日ハムのファンが多いことの証明でもあるが、先に述べたように道産子は熱しやすく冷めやすい面があり、飽きっぽいところもあるので注意が必要だ。

    今までの日ハムは常勝軍団であり、いつも話題を提供してくれることで人気を保ってきたが、低迷が 2-3年も続くと一気にファン離れが起こりそうな気がしないでもない。

    そこが阪神ファンとの違いで、どんなに低迷しても、どんなに弱くても応援し続けるのは難しいのではないだろうか。

    移転後すぐに優勝し、それから上位であり続けたため弱い日ハムを道産子は知らない。

    昔のプロ野球の巨人ファン、大相撲の大鵬ファン、昭和初期の力道山ファンのように強さにあこがれ、強さゆえにファン層が拡大するという大衆心理が好循環する状況に日ハムは置かれていた。

    その循環が止まった時、または逆回転を始めた時、経験の浅い日ハムのファンはどうするのか想像しがたいものがある。

    気になっているもう一つの球団はもちろん阪神タイガース。

    4/20 15:00現在はセ・リーグで 2位と好位置につけてはいるが、いかんせん巨人が強すぎる。

    18試合で 13勝 3敗 2引分の勝率 8割超えなど信じられない猛ダッシュだ。

    阪神は 2位につけているとは言え勝率はやっと 5割を超えたところであり、最下位のヤクルトまで 3ゲーム差の中でひしめき合っている。

    レースというのは団子状態が楽しいのであり、一つの球団だけ飛び抜けていては楽しくない。

    ナベツネは巨人が強くなって昔のように勝ち続ければプロ野球人気が復活すると思い込んでいるようだが、きっとそれは真逆であり、もしそんな状況下になれば楽しいのは巨人ファンのみで、負けても文句を言いながら応援し続けるドM体質の阪神ファンが何とか支える程度の規模に縮小されてしまうことだろう。

    そうならないためにも阪神には頑張っていただきたいし、巨人がつまずいて態勢を崩した挙句にすっ転んで 10連敗くらいしてもらいたいと心から願ってやまない。

  • 専門分野

    自分は大きなくくりで言うとコンピュータ関連の仕事をしている。

    ものすごく大雑把なくくりでコンピュータ関連ではあるが、コンピュータに関するあらゆる知識がある訳ではない。

    一般の人よりも広く浅く知ってはいるが、専門にしているのは Web関連のことなのでパソコン本体のことや、その中のハードウェアのことを聞かれても知らないことのほうが多いのは当然だ。

    ソフトウェアに関しても使ったことのあるものであれば知っている限りのことに答えられるが、世の中のすべてのソフトを使ったことがある訳ではないので回答できることは限られる。

    それでもやはりコンピュータ関連の仕事をしていれば様々なことを聞かれるし、様々なことを頼まれてしまう。

    分からないことを聞かれても
    「さぁ~どうなんでしょぉ~」
    と長嶋茂雄みたいに受け答えできたり、知らないものは知らないと突っぱねられたら良いのだが、頼られた以上は色々調べて回答するようにしている。

    そうすると次に分からないことがあればまた質問されるという悪循環?好循環?いや、どちらか分からない謎のスパイラルに陥ってしまう。

    結果的に自分のため、スキルアップにもつながるので悪いことではないが、特に質問の多い OS関連、Windowsの設定やら何やらを調べて答えているとマイクロソフト社からサポートの委託料でも支払ってもらいたくなる。

    自分が作成したプログラムの数倍以上はマイクロソフト製品のサポートをしているからだ。

    それもまあ、仕方のない事なので今後も続けていくつもりでいるし、マイクロソフトからサポート料をもらえるはずがないのも分かっているが、今後増えるであろう新 OSの質問に対応するため、 Windows 8くらいは無料で配布していただけないものだろうか。

    専門分野のことであれば普段から接しているのでそれなりの知識もあり、質問に難なく答えられるが、専門外のことはそれなりに勉強したり回答するための準備が必要なのである。

    マサルはコンピュータの保守を仕事としている。

    今は東京で内勤になっているが、若いころは広い北海道の現場を飛び回ってコンピュータや端末機の修理などをしていた。

    そこでよく言われたのが、ついでにテレビの調子が悪いので見てほしいとか、洗濯機の調子が悪い、挙げ句の果てには炊飯器が時間通りに米を炊き上げてくれないという内容だったという。

    コンピュータのような複雑で精密な機械を修理できるのであれば、家電など簡単に直せると思われてしまうのであろう。

    先日、循環器科と内科を受診しに病院に行った。

    循環器の先生が転勤になると聞かされ、そのことを内科の先生と話していると、
    「ところであなたの症状なんですけど」
    と、循環器の話をしてくる。

    聞けば内科の先生も循環器に不安があるらしく、
    「私はこう感じるんですけどあなたはどうですか」
    という問いに対して
    「ああ、同じですよ、これこれこういう感じがします」
    と答えると
    「ですよねぇ~」
    と妙に安心したような感じでニコニコしながら応じる。

    「私はこういう症状で、こういう違和感があるんですけど・・・」
    と細かく聞かれたので、
    「ああ、そんな感じです」
    と応えると、何十年ぶりかで戦友に再会したかのようにパッと明るい顔になり、
    「で、ですよね~」
    「そうです、そうなんですよね~」
    とニコニコしていた。

    どうやら専門分野以外のことが分からないのは医者も同じらしい。