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  • デジタル化の波 Signal-10

    デジタル化の波 ~目次~

    Appleのスティーブ・ジョブズ氏が亡くなった。

    まばゆいばかりの光を放ち、Appleという組織、そしてコンピュータ業界、人々の暮らしさえも未来に導いてくれた巨星だ。

    その、あまりに強い輝きを道しるべとしていた Appleは、今後どこに向かうのか。

    進むべき方向を自力で見つけられるのか。

    経営理念のひとつである 『顧客に最高の体験をさせよう、驚かせてやろう』 の精神に基づいて数々のヒット商品を生み出し、確実に世の中を変えてきた影響力を、今後も維持していくことは可能なのだろうか。

    携帯音楽プレーヤー 『iPod』 では音楽マーケット、流通を一変させ、消費者の購買ルートから音楽の楽しみ方、生活パターンまで変えてしまったし、高機能携帯電話 『iPhone』 の登場によって業界の勢力図にも変革が起きた。

    そしてタブレット型端末の 『iPad』 の登場で出版業界まで変革の波にもまれ、時代の変革に取り残された出版社は淘汰の荒波に襲われている。

    Appleは以前から他社と一線を画していた。

    1984年1月に発売されたパーソナルコンピュータ Macintosh(マッキントッシュ)は、当時からすでにアイコンとウィンドウ(窓)からなるGUI(グラフィカルユーザインターフェース)を採用した OSで稼働していたのは驚くべきことだ。

    現在主流となっている、いわゆる Windowsパソコンは、その当時は文字(コマンド)入力によってパソコンに命令して実行させる、とても分かり難い操作を強いられるものだった。

    Microsoftがアイコン、ウィンドウによる操作を可能にし、速度的にも何とか使い物になる OSを発売したのは 1991年の Windows 3.0、世の中に認められたのは 1993年の Windwos 3.1、そして、広く世に知れ渡るようになったのは 1995年の Windows 95になってからである。

    つまり、Appleは Microsoftより 10年は先を行っていた訳だ。

    そして今、文章から写真、音楽、動画までデジタル化され、それを利用するための端末機器のありようが問われている。

    より便利に、より簡単に誰でもが自由に使えるものが必要だ。

    技術力を誇示するあまり、顧客の利便性をないがしろにしてきた日本企業は大きく方向転換しなければ世界を相手に生き残るのは難しいだろう。

    Appleを見習い、顧客である我々に最高の体験をさせてほしい、驚かせてほしい。

    そして、Appleも独創性を失うことなく、スティーブ・ジョブズ氏が見据えていた未来に向かって、これからも躍進していただきたいと思っている。

  • デジタル化の波 Signal-9

    デジタル化の波 ~目次~

    先月のことになるが、とうとうテレビは地上デジタル放送へ全面移行し、震災のあった東北地方の一部を除いてアナログ放送が終了した。

    長く慣れ親しんできたゴースト現象、ちょっとザラつく画面、微妙に受信可能な映像をもう見ることができないのは少し寂しさすら感じてしまう。

    大阪に暮らしていた頃、ビデオデッキ 2台を経由してテレビまで電波を引き回していたものだから、全国どこでも一定の感度で受信できるはずの NHKの画面が乱れ、ひどいノイズが乗った映像を見ていた。

    もちろん、最初に電波を入力しているビデオデッキで見ると映像が綺麗なのは分かっているのだが、わざわざ電源を入れて入力切り替えまでして見るのは面倒だったのでノイズ乗りまくりの荒い画面を毎日見ていたのである。

    それがデジタル放送になると一切のノイズがなく、今もレコーダー2台を経由してテレビに接続しているが、NHKを始めすべてのチャンネルがクリアに見えるのは実に喜ばしいことだ。

    しかし、デジタルは 0 か 1、ON か OFF、つまり受信できるかできないか、どちらか一方しかないので、どんなに汚い映像でも良いから何とか受信したいという欲求には応えられない。

    大阪では阪神タイガースの試合が見たくてKBS京都やサンテレビの映像を、ザラザラにノイズが乗り、ゴースト現象で選手が2-3人に分裂して見えるような劣悪な環境の中、目を充血させてまで見ていたものであるが、あのような微妙に受信できている状態というのはデジタルでは不可能なことだろう。

    もう大阪に住んではいないので予想でしかないが、京都、神戸方面の放送を受信したければ、そっちに向けたアンテナが必要だと思われる。

    あるいは SCテレビ放送に加入してタイガース全試合放送のサービスを受けるしかないだろう。

    そういう融通の効かないのがデジタルであり、アナログのような寛大さがない。

    ラジオのデジタル化に関しても随分前から議論はされているが、災害時、遭難時など、電波状態の良くない場所で何とか情報を得ようとするニーズは確実にあるはずなので、一定以上の電波品質がなければ受信できないデジタル放送は向かないのではないだろうか。

    携帯電話にしてもそうで、アナログであれば例え山奥であっても微弱電波を拾って何とか連絡することができるかも知れないが、デジタルでは融通が効かない。

    しかし今の携帯電話を考えると、メール送受信、Webページの閲覧など、通話以外の利用のほうが多いので、やはりデジタル化は避けられなかっただろうし、デジタル通信になったのは当然、必然の流れだったのだろう。

    テレビのデジタル放送に話しを戻せば、双方向通信によって様々な情報が得られるなど、デジタル化のメリットは大きいが、それを享受できるのは操作を覚えられる人だけだ。

    我が母は新しいリモコンのスイッチの多さに閉口し、業者さんに設定し直してもらった昔のテレビのリモコンを使い続けている。

    したがって、リモコンにはデジタル情報を取得するための (d) ボタンなどない。

    いつも天気予報を気にしている我が母だが、いつも見ている予報を見逃してしまい、同じ街に住む妹に電話をして明日の天気を尋ねたことがあった。

    叔母は新しいものへの順応性が高く、ワープロだろうとデジタルテレビだろうと使いこなせるスーパー婆ちゃんなので、チャチャッとリモコン操作して予報を表示し、内容を我が母に伝える。

    そして、単にリモコンの (d) ボタンを押すという 1ステップの操作でしかないので、我が母に操作を教えようとしたらしいのだが、説明を聞く前から
    「私にはできない」
    「古いリモコンを使っているからできない」
    と言い張り、かたくなに教えを受けようとしなかったらしい。

    さすがに叔母もキレたのだろう、我が母が何か言う途中でガチャリと電話を切ってしまっという。

    たかがリモコンのボタンを一つ押すだけの操作を拒絶して覚えようとも聞こうともしない婆さんもどうかと思うが、それに対してキレる婆さんもいかがなものかと思う訳で、所詮は似たもの同士、同じ血が流れる姉と妹なのだと呆れ果ててしまう。

    20日過ぎに帰省するつもりでいるが、デジタルの恩恵にあずかっていない我が母にリモコン操作を教えるべきか悩んだりしている今日この頃である。

  • デジタル化の波 Signal-8

    デジタル化の波 ~目次~

    先週の続きになるが、大きな災害に見舞われたとき、デジタル化しておけば損失を極めて少なくすることができるものが多いので、個人も行政も団体も真剣に導入を検討すべきだと思う。

    病院ではカルテを損失してしまったため、治療の継続性が損なわれて困っているケースが多いが、やはり電子カルテをもっと普及させて医師会か厚労省かが数箇所のデータセンターにバックアップ機能を設け、データを管理すべきだと思う。

    救出されても持病を抱えていたために命を落としてしまった人が少なからずおられるが、そんなことがあってはいけないし、せっかく救われた命なのだから大切にしなければいけないだろう。

    スマートフォンや電子パッド、パソコンで電子カルテの情報さえ引き出せれば、個人がどのような病気を持ち、どのような治療がなされていて薬は何を処方されていたのか一目瞭然だし、不幸にして遺体として発見された場合も、歯医者さんのカルテが管理されていれば、治療の痕跡から身元特定もできる。

    これは、ある程度の予算をとってでも実行すべきことではないだろうか。

    市役所、区役所などの役場まで水没したため住民台帳や戸籍が消失してしまった地域もある。

    賛否両論はあれど、はやり住基ネットから離脱するのは止めて電子化を進め、それを地方自治体、国が分散して管理し、どんな状況でもデータは残るようにすべきだと思う。

    一部の反対論に流されて確固たるポリシーもないくせに住基ネットから離脱し、もしも戸籍や住民登録の情報を失ったら誰が責任を取るのだろうか。

    以前にも書いたことではあるが、戸籍や住民登録関連の書類が手書きではなく印刷物として発行される自治体は、住基ネットに参加していなくても情報は電子化されており、データベース化されているということは本人が知らないだけで ID番号、つまりは一生の背番号が登録されいる訳である。

    日本では、基礎年金番号、健康保険被保険者番号、パスポートの番号、納税者番号、運転免許証番号、住民基本台帳カードなど各行政機関が個別に番号をつけているが、どうせ番号をつけられるなら統一し、アメリカの社会保障番号のように何でも共通で使えるようにしたほうが便利なのに決まっている。

    国民総背番号制などと言い、プライバシーだ人権だと騒わぐアホがいるが、バラバラではあるにせよ、すでに番号を付与されているのだから反対しても仕方ないだろう。

    今回はネットという電子の世界がずいぶんと活躍した。

    震災直後から一定期間、電話が繋がりにくい状態が続いたが、パソコンやスマートフォンで使える無料通話の Skype(スカイプ)は割と繋がりやすかったらしい。

    持ち運びに便利なネットブックや電子パッド、スマートフォンを持っているなら Skypeをインストールしておくのが吉だろう。

    Twitter(ツイッター)Facebook(フェースブック)も大活躍した。

    現状をリアルタイムに知らせるサイト、安否を確認するサイト、避難所名簿の共有サービスなど様々ものが立ち上がり、ネットを使える人と使えない人では情報格差が大きかったものと思われるので、自分のアカウント登録(会員登録)までする必要はないまでも、いざという時に使えるようにお気に入りに登録しておくことをお薦めする。

    そして、もうひとつのネットの功績は、ネット募金だけで数十億円という金額が集まったことだ。

    それも災害発生から一週間で集まった金額だ。

    そして、これは日本だけの集計分であり、世界中で実施されている日本に向けた募金活動の金額を合わせると、数百億円に達するのではないだろうか。

    被災地の様子をテレビで見ていると、せめてもの思い出として写真を探している人が多い。

    それを物理的な写真として保存するだけではなく、電子化したり、デジタルカメラで撮影した画像データを無料サービスのサーバーにアップロードしておけば思い出を失うこともないだろう。

    もうデジタルカメラは珍しいことではなくなったが、そのデータを写真加工してモノとして残すだけではなく、データそのものを残しておいたほうが画質の劣化もなく、場所も取らないので便利であるし、今回のような災害を考えると写真にしたり CDや DVDのメディアにしておいても津波に流されたり燃えたり破損してしまっては意味がない。

    もちろん手元に置いておいたり人に見せたりすることを思えば物理的に残すことも必要だが、そうした後にメモリーや HDDからデータを消去するのではなく、外部サーバーに預けておくのが良いだろう。

    無料でデータを預かってくれるサービスは色々あるので代表的なものだけ列挙しておく。

    SkyDrive(Microsoft提供)- 容量25GB
    Windows Live Sync(Microsoft提供)- 容量4GB
    Googleドキュメント(Google提供) – 容量1GB
    quanp(リコー提供) – 容量1GB
    Evernote(Evernote提供) – 容量60MB
    SugaSync(BBソフトサービス提供) – 容量5GB
    dropbox(dropbox提供) – 容量2GB 英語版のみ

    単純に全サービスを利用したとすれば容量合計で40GB(ギガバイト)近くのデータを預けられ、400万画素の高画質写真でも 40GBあれば 2万枚ほど保管できるので十分だろう。

    さて、いろいろと書いてはきたが、現代社会はもうデジタル化、ネット化を抜きにしては考えられなくなっているのではないだろうか。

    多くの部分がデジタル化される将来においてはなおさらのことだろう。

    好むと好まざるとに関わらず、切っても切れない関係にならざるを得ないに違いない。

  • デジタル化の波 Signal-7

    デジタル化の波 ~目次~

    音も映像もデジタル化が進み、アナログの持つ温かみが失われつつあると嘆く向きもあるが、今回の大震災でデジタル化の恩恵をつくずく感じることができたのも事実だ。

    第一に被災地の状況が、ごく短時間のうちに全国に伝わる。

    もちろん、物理的に人が移動して現地の映像を撮影したり音を録音するのはアナログ的作業なので、その体制が整うまでは一定の時間が必要だった。

    しかし、準備さえ整ってしまえばハイビジョンの鮮明な映像、生々しい声が届けられるのはデジタル化されたデータが衛星を経由してテレビ局に送信されるからだ。

    過去には日付が変わる頃に締切りを迎えていた新聞の原稿も、今は電子写植となったのでデジタルデータがそのまま印刷可能となり、深夜まで編集作業をすることができる。

    おまけに記者は情報を新聞社に届ける必要がなくなった。

    過去には取材を終えて社に帰り、写真を現像して手書きのメモから記事を起こすというアナログな作業を必要としたが、今では現地で対応できる。

    ICレコーダーに録音した記者会見の内容を音声認識ソフトでザクっとデジタル文書化し、それに修正を加えて推敲ソフトで誤字脱字がないかチェックすれば原稿のできあがりで、デジタルデータとなっている写真と共にネット経由で送信すれば完了だ。

    テレビ報道では様々な人が撮影した津波に襲われる様子が放映されているが、それもデジタル化が進んだ結果として誰でも容易に動画撮影することができるようになったからだろう。

    8ミリの時代、ビデオテープの時代では、これだけ多くの映像は残らなかったに違いなく、小さなムービーカメラ、携帯電話の動画撮影機能があればこその恩恵である。

    地震発生時の様子をとらえたテレビ局内の映像、設置カメラによる外の映像、コンビニなど店内の様子が録画されているのもデジタル化のおかげで、映像圧縮技術と大容量ハードディスクドライブ(HDD)の力が大きい。

    過去はビデオテープの交換が必要となり、一度に2時間とか3時間しか記録することができず、防犯カメラや定点カメラの映像を何日分も保存しておくことなど不可能だった。

    今はHDDに 10日分でも 20日分でも映像を残しておくことができるし、一定期間を過ぎた部分に上書きすることも可能なので物理的に壊れるか、停電にでもならない限りは録画状態のまま放置しておける。

    実に便利な世の中になったものだ。

    そして、もうひとつ痛感したのは生体認証システムの必要性だ。

    災害で通帳、印鑑、キャッシュカードはおろか、クレジットカードまで失い、銀行から現金を引き出すことすらできずに困っている人が多い。

    郵便局も含めた各行は本人確認さえできれば 10万円まで、20万円まで預金を引き出せる措置をとっているが、免許証、保険証、パスポートや住基カードなど、身分を証明書するものすら持っていない人が多いだろう。

    そこで役立つのが生体認証システムで、目の虹彩、指紋、静脈、人相などで本人確認することができる。

    一時期、キャッシュカードの偽造が横行した際に東京三菱銀行を筆頭に ATMへの搭載が進められたが、その後に犯罪が振り込め詐欺にシフトしてしまったことと、カードを再発行するたびに生体情報を登録しなければいけないという煩雑さから普及にブレーキがかかってしまった。

    しかし、今回の件を機に認証システムの低価格化、普及スピードが加速することを望む。

    たとえ通帳や印鑑、身分証明証、カードがなくても自分の体が役割を果たすことができる。

    こちらに越してきてから取引している銀行は生体認証システムを持っているが、面倒なことと必要性を感じなかったことから登録していない。

    しかし、万が一に備えて登録しておくべきだろうと 『お買い物日記』 担当者と話しあったりしているところである。

  • デジタル化の波 Signal-6

    デジタル化の波 ~目次~

    やっとデジタル薄型テレビを購入し、その能力を堪能している訳だが、あまりにも機能が多すぎてすべてを理解するに至ってはいない。

    まずはデータを受信して地域のニュースを見てみたりイベントの情報を得たりしているが、これがなかなか便利である。

    出不精なのでイベントがあっても出かけることはないが、何が行われているのか知っておいて損はない。

    さらに便利に使っているのは天気予報。

    もうNHKローカル局の天気予報を見逃したとしても困らない。

    いつでも数時間先の予報まで表示しているし、週間天気予報だって見られる。

    おまけに我が町の現在の気温まで分かるとあっては、テレビ番組としての天気予報など必要ないと感じてしまうほどだ。

    今までもパソコンがあり、ネットでいつでも天気や気温など確認できたが、わざわざテレビの前からパソコンに移動しなければならなかったので少々面倒を感じていたところにこの機能である。

    テレビ局と双方向にデータのやり取りができるため、クイズに参加したり視聴者プレゼントなどにテレビ画面から応募できたりもするのが凄い。

    ただし、あまりクイズ番組も見なくなってしまったし、バラエティも何もかも見る番組が極端に減っているのでプレゼントそのものをやっているのかどうかも分からないのが難点だ。

    テレビとブルーレイやDVDもデジタル制御されているのでリモコンひとつで様々な操作ができる。

    ブルーレイが見たい場合もテレビ画面から操作すれば自動的に電源が入ったり再生、早送りなどの操作も可能だ。

    我家の場合はずっと海外ドラマのDVDを観る日々が続いているので、この機能の恩恵を存分に受けている。

    2008年の8月に購入した HDD/DVD レコーダと、今回の BDレコーダを合わせると 4番組が同時に録画可能なので年末年始の特番の録画に頭を悩ますこともなく、画質にこだわらなければ何百時間でも録画できるので番組を選ぶ必要もない。

    そんな状況になったにも関わらず、すでにテレビに興味を無くしてしまい、録画してまで見たい番組がそれほど無いものと思われるのが実に悲しいところだ。

    いつかテレビ業界も我に返り、初心に返り、原点に帰り、楽しい番組作りをして頂ければと願ってやまない。

    そして最近の家電はネットワーク対応になっており、LAN接続すればネット回線を利用して様々なことができる。

    パソコンで見ているWebページをそのまま閲覧することもできるし、掲示板やブログへの書き込みだって可能だ。

    ただし、文字入力はリモコンボタンを使って携帯電話の文字入力と同様の操作をしなければならないので面倒である。

    やはりキーボードに慣れているのでそちらの方が圧倒的に使いやすい。

    そのネットワーク経由で様々な映像配信サービスを受けることも可能で、まるでレンタルビデオのように好きな時間に好きな映画を楽しむことができる。

    タイトル数はそれほど多くなく、配信料が 1作品300円前後なのでリアルの世界のレンタルビデオにかなわないが、店がない過疎地などではかなり優良なサービスになり得るだろうし、利用者と事業者が増えて競争が激化すれば価格も下がってコンテンツも充実してくることだろう。

    我家の場合は義兄から借りている大量の海外ドラマがあるし、撮るだけ撮って見ていない映画も数十本はあるので当分の間は映像配信サービスを利用することはないものと思われる。

    さて、我が家のデジタル化は進み、様々なサービスや機能に触れてみたものの、ここまで書いてきたように有りがたみを実感できるシーンはそれほど多くはない。

    実は今まで、テレビ本体のBS受信機に難があり、毎晩決まった番組を見る際にはテレビを外部入力にし、ビデオセレクターのスイッチを切り替え、ビデオデッキの電源を入れ、そこでBSのチャンネルを選択するという面倒な操作が必要だった。

    テレビを買い換えて最も喜んでいるのは、その操作から解放され、リモコンボタンひとつで目的が達せられるという、実にアナログな部分だったりするのであった。

  • デジタル化の波 Signal-5

    デジタル化の波 ~目次~

    いろいろなシーンで深く静かに広がっているデジタル技術だが、クレジットカード、電子マネーもそれの最たるものである。

    昔は衣料品、バッグやアクセサリーなどの専門店、ちょっと格式のあるレストラン、ホテルくらいしか利用できなかったクレジットカードも、今や地方が地盤のスーパー、薬局、しまいには新聞の購読から公共料金まで決済が可能となり、100円単位の小額決済まで可能になったことから利用範囲は大きな広がりをみせている。

    また、ネット通販の利用が増えたこともクレジットカードの利用率向上に関係しているだろう。

    我家の場合、以前は 『いつもニコニコ現金払い』 をモットーにしており、クレジットカードを持っていたが、海外旅行で使う程度で普段は財布の厚みを増しているだけの邪魔な物でしかなかった。

    ちょっと値の張る洋服を購入するときも現金で支払い、家電製品など大きな買い物をするときですら必要な金額を用意して現金で支払っていた。

    カードを使うと現実感に乏しいため、金銭感覚が麻痺してしまって無駄な買い物が増えそうで怖かったのが一点と、カードローンの支払いに困って生活に破綻をきたす人や、借金地獄におちいる人のことなどをテレビで見て、意志の弱い自分がカードなど使うようになったら同じ道をたどってしまうのではないかという恐怖があったのでカード利用に二の足を踏んでいたのである。

    そして、『お買い物日記』 担当者も同じくカード利用に消極的だったので我が家では長らくカードよりも現金が幅を利かせていた。

    ところが今では買い物の多くでクレジットカードを使うようになった。

    そのきっかけは 2008年2月、大阪から北海道への転居を決め、さまざま支払いにカードを使ったことだろう。

    引越しにかかる運送関連の支払い、他界した義兄が闘病していた病院近くに借りたマンスリーマンションの支払い、居を移したことによって不足している様々生活物資の調達費、冷蔵庫など家電製品の購入、新型パソコンの購入、その他もろもろの支払いなど、銀行に行って現金を引き出すヒマもないくらいバタバタしていたこともあって可能な限りカード決済にして難局を乗り切った。

    また、『お買い物日記』 担当者が大きな病気をしたときの入院費、治療費、入院に必要な品々の購入費、そして看病する自分の生活費など、ありとあらゆる場面でカードを利用し、抵抗感が薄れていったこともある。

    そして、話しを聞くと長兄夫妻が実に賢くカードを利用しており、使い方によっては得になることを教えられたことも大きい。

    それからというもの、カード利用で得られるポイントが 2倍になる日を選んで買い物をしたり、公共料金からネット関連の支払い、電車などの交通費、新聞代や処方せん薬局での支払いにいたるまで、何でもかんでもカードを利用するようになった。

    近所で利用頻度の高いスーパーは3軒ともカードが使えるし、ドラッグストアや家電量販店はもちろん使える。

    そんなこんなでカード使いまくりという状況にはなったが、ローン地獄におちいることは避けたいという思いに変化はないので、すべて一回払いにして破綻から身を守ることだけは忘れていない。

    クレジットカードと併せて急速に普及しているのが電子マネーで、イオン系のワオンやクイックペイ、大阪であれば ICOCA、東京であれば Suicaなど、使える場所がどんどん増えている。

    この街で JR系のカード利用はないが、ワオンやクイックペイは便利に使わせてもらっている。

    雑誌の購入からファストフードでの食事まで使えるところは全て電子マネーだ。

    最近まで利用頻度の高いコンビニは現金のみだったが、ついにクイックペイが使えるようになったので、普段の生活では現金を持つ必要がなくなってきた。

    これで定期的に通院している病院での支払い、百円均一の店がクレジットか電子マネーを導入してくれたなら、まったく現金を持つ必要がなくなる。

    加速度的に進むデジタル技術が基板となって急速な広がりを見せる電子マネー。

    あと数年もすると、子供への小遣いも携帯電話の電子マネーにチャージするのが普通になり、近所のたばこ屋さんから八百屋さんに魚屋さん、おばあちゃんが店番しているような学校近くの小さな雑貨屋さんにまでカード決済が導入され、この世から現金が消えるかも知れない。

    そうなった時、街頭に立つ共同募金など成り立たなくなってしまうのだろうか。

    路上ライブやパフォーマーで金を得るのは困難になるのだろうか。

    善意を期待して座っているホームレスはどうなるのか。

    神社などのお賽銭は・・・。

    そう考えると現金の流通がなくなることはないのだろうか。

  • デジタル化の波 Signal-4

    デジタル化の波 ~目次~

    とうとう我が家にも MP3再生可能な機器が導入され、手持ちの CDをすべてデータ変換してメモリに保存した。

    今更ではあるが、その利便性の高さにあらためておどろかされるのと同時にデジタルデータ化による恩恵を思う存分に味わってみたりしているところだ。

    そうだ、そうなのである。

    以前から人が要望していたのはこういうことであり、単に音楽データがデジタル化されただけではなく、そのデータを蓄積して自由に扱えるようになると格段に利便性が向上するというものだ。

    まずはダビング。

    レコードからカセットテープに録音していた頃は、それなりの大きさの機器が必要であったし、60分間の録音には 60分という同じ時間が必要だった。

    CDからカセットテープの場合は機器がコンパクトになったものの、録音時間は同じ。

    CDから MDへは 4倍速での録音が限度。

    CDから CD-Rへは 24倍速くらいで約 10分間くらいだが、CDのドライブが 2台なければ、まずは CDの内容を記憶して、それを CD-Rに焼くという手順になるため 10分では終わらない。

    ところが CDからメモリへのデータコピーは、ものの 3分もあれば終わってしまう。

    そして、音質は劣化してしまうものの MP3形式にするとデータ容量が小さくなり、8MB程度のメモリに約 2000曲ほど蓄えることができる。

    これからがデジタル機器の特筆すべき点だが、以前から抱いていた欲求が高い確率で満たされるのが嬉しい。

    レコード、CDの時代からの願望、それは曲の連続再生だ。

    レコードの時代は盤を多量にストックしておけるジュークボックス、CDの時代は複数枚を格納して連続再生が可能 CDチェンジャーというものがあったが、それらの機器には限界があった。

    レコードや CDを大量に格納しようとすれば、それに比例して機器も大きくなるが、メモリに蓄積させるのであれば大きさはさして必要ない。

    長距離のドライブをしている時、長時間に渡る徹夜マージャンをしている時など、何度も CDを交換するのは面倒だが、約 2000曲も格納されているのであれば 1曲 4分として 130時間以上も交換の必要がないし、メモリ容量を 16GBとかにすれば約 4000曲、260時間、つまりは 10日間以上も聴き続けられる訳だ。

    便利なことこの上なく、とっても満足しているので保有していた CDだけでは飽き足らずに中古 CDを買ってきてはせっせとデータ保存していた。

    その際、CDの売り場面積が驚くほど縮小されている事実を目の当たりにして愕然とした。

    大手のチェーン店で、書籍からテレビゲーム、レンタル、中古販売を含めた CD、DVD、BDなどを扱っているが、新品、中古CDの販売コーナーは当初の 4分の 1程度になってしまい、その陳列棚すらスカスカした感じがする。

    数年前から音楽 CDの出荷数が減り始めて歯止めがかからないと言われ、違法コピー、ダウンロード販売の影響が取り沙汰されていたが、そのダウンロード販売も減少傾向をたどり始めたということは、趣味が多様化したことと、お金を出してまで手に入れたい魅力的な楽曲が減少してしまったということだろう。

    様々な思いに浸りながら気に入った中古 CDを手に入れてはデータの蓄積にはげんでいたのだが、何度か店に足を運んだ際にやっと気がついた。

    レンタルすれば最新のものまですぐに入手でき、購入するよりも圧倒的に割安であると。

    何とか時代に追いついた気になっていたが、頭の中は超アナログレコード 33回転のままで、骨董品に近づきつつあるため少々壊れかけているらしい・・・。

  • デジタル化の波 Signal-3

    デジタル化の波 ~目次~

    まだテレビを買い換えておらずアナログ電波を受信し続けている訳であるが、放送が終了するのが 2011年の 7月であるから、いよいよタイムリミットまで 1年余りとなってしまったということであり、いいかげんにデジタル薄型テレビの購入を真剣に検討せねばならない時期になってきているのだが、今はそれほどテレビを見るわけでもなく、録画しておくにしても HDD/DVDレコーダはデジタル放送を受信しているので大きな問題を抱えておらず、ついつい先延ばしになっているのが現状である。

    この街に二軒ある家電量販店のうちの一軒が不採算店の整理統合を進めていることから撤退が決定し、7月の末日で閉店になるので現在はセール期間となっており、もしビックリするくらいの在庫処分価格になっているのであればそれを機会に買ってしまうのも悪くないと店内を見回してみたが、店頭価格から 5-10%の値引きがされている程度であり、もう一軒の量販店の方が安かったりするのを目の当たりにすると、競争に負けて撤退を余儀なくされるのも致し方ないと深く納得させられたりした。

    タイムリミットが近づいてはいるものの、まだ一年以上も先であるし、年末には新製品の入れ替えがあってまた価格に大きな変動がある元の予想されるので焦って購入する必要はない。

    それにしても、アナログ放送が終了してしまうことに関しては感慨も一入で、生まれてからずっとお世話になっていた方式が終わりを告げることに一抹の寂しさも感じたりする。

    白黒でテレビ放送が開始され、カラー化、ステレオ化、二か国語放送、文字放送と進化してきたが、デジタル化に関しては進化ではなく生まれ変わりに等しいほどの変革だ。

    デジタル化によって映像と音声だけではなく、様々な情報まで送受信可能になるし、電波の届かない地域であっても電話回線さえあればインターネット経由で視聴できるようになる。

    アナログ電波で起こっていたノイズもなく、画面が乱れたりガサガサの映像になったり、映像が二重に見えるゴースト現象もないクリアな映像を見ることができるなどメリットも多い。

    ただし、メリットだけではなくデメリットもあり、なんとかギリギリで電波を受信できていたような場所ではまったく映らなくなってしまうので、山間部やビルに囲まれた場所で映像が悪いながらも何とか見ていた家では受信することができなくなってしまう。

    大阪で暮らしていた頃は阪神タイガースの試合がみたくて目が痛くなるのをこらえながらサンテレビをなんとか見たりしていたが、デジタル放送になると基地局を設けなくては受信できなくなる可能性が高い。

    受信可能な電波であればノイズのないクリアな映像を楽しめるが、ノイズが多すぎる微弱な電波は受け付けることができず、単に真っ黒な画面が映し出されて「受信できない」旨のメッセージが表示されるだけになってしまうだろう。

    それは何とも味気ないことか。

    アナログ電波のようにザーッと砂の嵐にならず、真っ黒な画面。

    中学生の頃、真夜中に放送されている 『砂の嵐』 という番組は、あんなコトやこんなコトがナニでアレで、子どもなどに見せられないようなもの凄い放送だと噂され、眠い目をこすりながら必死に睡魔と戦って夜中の 1時 2時まで起きていたことを思い出す。

    これからの時代、そんなアナログな話しが子どもたちの間で噂されることもなくなるのだろう。

    時代の流れとは言え、それはそれで何だかちょっと寂しい気がしてしまう。

  • デジタル化の波 Signal-2

    デジタル化の波 ~目次~

    デジタル化の波は想像以上の大きさで、想像以上の速度で全世界を飲み込もうとしており、もはや人類はその勢力から逃れることなど不可能になってしまった。

    電話の音声信号は携帯にとどまらず、固定電話もすでにデジタル化されており、気づかぬうちに必要のない周波数が削れられた状態の声を聞いたり送ったりしている。

    来年の 7月にはテレビもアナログ放送が終了してデジタル化される。

    今は地方によって放送内容が異なるテレビ番組もデジタル化によってネットの回線に乗せられる訳だから、大阪ローカルの番組を北海道で観たり、その逆だって理論上は可能な訳である。

    それを実現するには高性能なサーバーと太い回線が必要になるなど、それなりの投資が必要になってしまうので予算の少ない地方局には難しいかも知れないが、基地局、中継局を建設するよりは遥かに低コストであるため、いずれはそういう時代となって北海道でもサンテレビが見られる日が来るかも知れない。

    ラジオも少しずつデジタル化が進んでおり、ネットラジオの中継も少しずつ進んでいるので北海道でも地方局の放送が聞ける日が来るかも知れない。

    以前の独り言に書いたように FM802が聴きたいのだが、現在試験運用されているネットラジオは地域限定でしかないし、実用化に至ったとしても北海道では聴けない可能性が高い。

    全国配信するのに何の障害があるのか分からないが、技術的に難しいことではないので是非とも全国から聴けるようにしていただきたいと切に願っている。

    テレビにしてもラジオにしても、地方価格で CMを流せば全国で視聴されるのでスポンサーは喜ぶだろうし、公共の電波に乗ることに変わりはないのだからタレントの出演料、音楽や映像の著作権料だって変わらないと思われるので、全国配信に大きな障害あるとは思えないのだが。

    そうなれば実質上の縄張りがなくなり、北海道のテレビ局やラジオ局は東京や大阪の番組を相手に視聴率で戦わなければならないのだから辛くなりはするだろう。

    しかし、そこで特色を出して生き残りを図ればこそ、今の漫然とした体質から脱却できるのではないだろうか。

    今はどのチャンネルを見ても同じようなタレントを起用した同じような番組ばかりなので、見ていてつまらないどころか腹立たしさすら覚えてしまうので、すっかりテレビ離れが進んでしまった。

    厳しい戦いを生き残るには強烈な個性だったり専門性を引き出す必要に迫られるため、CS放送のように朝から晩までニュースを放送しているチャンネルとか、映画ばっかり流しているチャンネル、スポーツ、料理、経済に特化したチャンネル、朝から晩まで通販しているチャンネルなど現れるかもしれない。

    そうなればますます地方局が不利になりそうだが、北海道であれば日本ハムファイターズの試合や選手の情報しか放送しない番組を全国に向けて放送するとか、北海道の食材を使った料理番組を流すとかの方法もあるだろうし、北海道の品を通販する番組を朝から晩まで放送したって良いだろう。

    豊北は東北で関東は関東なりの、関西は関西、九州は九州なりの料理番組だって通販番組だって可能だろう。

    第一、日本は縦長の国なので、東京を中心に春が旬の料理を紹介されても北海道じゃまだ鍋をつついている場合だってあるのである。

    夏バテ防止の食材とか、暑いときに涼し気な料理とか言われても北海道は必要ないくらい涼しいのである。

    また、地元で話題になっている楽曲だとかタレントなどもあることだろうから、それを全国に配信すれば良いだろう。

    大阪に暮らしているとき、やはり北海道のことが気になって話題に飢えていたし、北海道に帰ってくれば大阪の今が気になる。

    そんな時、その地方に特化したテレビやラジオが簡単に視聴できたらどんなに良いことだろうと思うのだが、そんな需要はないのだろうか。

  • デジタル化の波 Signal-1

    デジタル化の波 ~目次~

    なんでもデジタル化され、世の中が便利になりつつも既存のビジネスが成り立たなくなっているケースも多い。

    ヨーロッパではインターネットの台頭とフリーペーパーの存在によって大手新聞社の発行部数が激減し、経営が立ち行かなくなるケースが増えている。

    フリーペーパーとは無料新聞のことで、地下鉄や電車の駅前など人が多く行き来する場所に置かれている。

    そのフリーペーパーだって文字や写真がデジタル処理できるパソコンの普及で発行が容易になり、参入障壁が低くなったことによって数が増えたのだろう。

    昔であれば新聞記者が現場に行って取材し、会社に帰ってから撮ってきた写真を現像にまわし、取材メモを見ながら原稿を書いて校正などチェックを繰り返した後に文字写植をして印刷所でゲラが出来上がり、それを最終チェックしてから印刷するという膨大な作業があった。

    ところが今では現場でパソコンを使って記事の原稿を書き、撮影したデジタル写真の中から最も良いものを選んて添付して Eメール送信すれば会社のサーバに蓄積され、各所から集まった記事をパソコン上で貼り付けたりレイアウトを整えたりして誤字脱字などがないかプログラムでチェックして印刷所に送信し、そのデータをそのまま印刷すれば新聞の出来上がりである。

    このデジタル化によって原稿の締め切り時間が圧倒的に遅くなり、夜中の 1時や 2時のできごとが、その朝の新聞に掲載されていたりするので新聞を発行する側も読む側も受けた恩恵はかなり大きい。

    ただし、それほど巨大な組織じゃなくてもコンピュータさえあれば新聞の製作が容易になったのでベンチャー的刊行物も増える。

    新規の新聞を一軒、一軒営業して発行部数を増やすのは容易なことではないので、それならばと無料でばら撒いてしまい、購読者を一気に増やして露出度を高め、それを武器に広告を獲得して収入源とするのがビジネスモデルである。

    最初は大手の新聞社も高をくくって見ていたが、あれよあれよと言う間に市民に受け入れられて発行部数を伸ばし、新規参入が増えて内容を充実させる競争が激化した結果、記事の質も向上して有力紙とそん色ないレベルに到達するに至り、もはや市民は料金を払って新聞を購読する必要がなくなってしまった。

    慌てふためいたのが有力各紙で、びっくりするような勢いで購読者数が減っていく。

    そこで発行元各社が選んだ道は自社の新聞も無料化することだ。

    有力紙のネームバリューがあれば数あるフリーペーパーの中でも手にとってもらえる確率が高く、多くの人が目にするようになれば離れていったスポンサー広告も戻ってくるに違いないという目論見だろう。

    しかし、記事の質が高まって信頼を得るようになった新規のフリーペーパーも多いことから、目論見どおりに行くか神のみぞ知るというところだろう。

    遥か昔、新聞というビジネスの勃興期に星の数ほど生まれた新聞が勢力を競い合い、淘汰されて生き残ったのが現在の新聞社だ。

    今から始まるのは戦いの延長ではなく、新たなフィールドでの戦いだと思ったほうが賢明であり、いくら有力紙といえどもスタートラインは他紙と一緒である。

    これから数年後にどこが生き残っているのか分からない。

    そんな厳しい戦いの時代は、おそらく日本にもやってくるだろう。

    今の新聞各社、戦いの準備はできているのか、心の準備はできているのか、少なくとも戦略くらいは練っているのか。

    読売新聞のナベツネはいつまでも偉そうにふんぞり返っていられないことを自覚せよ。

    その戦いはいつ始まるか分からない。

    もうすでに、誰かが水面下で準備しているかもしれないのだから。