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  • マサルノコト scene 11

    マサルと友人関係になったのは中学二年生のときだが、一年生のときから一方的にマサルのことは知っていた。 不良仲間にアキラというのがおり、そこそこ喧嘩も強かったので仲間から一目置かれている奴だったのだが、マサルはそのアキラを掃除用具であるホウキを振り回して追いかけていた。

    廊下を歩いているとアキラが血相を変えて走ってくるので 「どうした?」 と声をかけたのだが、「あわわわ」 と訳の分からないことを言いながら一目散に逃げていく。 何ごとかと見ていると、後から走ってきたのは鬼のような形相をしたマサルだった。

    アキラは恐怖で足がすくんでしまったのか、よほど慌てていたのか、階段を駆け下りようとしてバランスを崩し、途中にある踊り場で転んでいる。 そこにホウキを手にしたマサルが追いつき、何事かをわめきながらアキラをめった打ちし、普段は喧嘩の強いアキラから 「ゴメン!ゴメン!俺が悪かったから!」 と謝罪の言葉を引き出していた。

    あのアキラがかなわないのだから、背が高く、体もごついその男は相当な奴なのだろうと思っていた。 そして二年生となり、近くの席にマサルの姿を見たとき、これはお近づきになっておいた方が良いのではないかという打算が働いたりもしたが、ニコニコしているエビス顔のマサルからは不良の持つ独特の雰囲気を感じない。 事実、マサルは ”超” が付くくらいの真面目人間であり、法律はおろか、校則すら厳守するような奴なのである。

    最初に交わした言葉など忘れてしまったが、席が近かったこともあってすぐに友人関係へと発展し、クラブ活動などしていなかった二人は下校時に途中まで一緒に帰るのが常となった。 たまには街の中心部にある本屋などに立ち寄ったりしたが、そんな時もマサルは 「一度帰ってから」 と言う。『下校時に寄り道しない』 という小学生並みの原則を中学二年生になっても頑なに守り続けているような奴だ。

    自分にはそんな考えなどさらさらないので、制服のままマサルの家まで一緒に行って着替えるのを待ち、それから街に繰り出したりしていた。 色々な店をブラついていると疲れるしノドも渇く。 そこで 「喫茶店に入ろう」 と誘うと、「喫茶店なんぞ不良の行くところだ」 などと言う。 それは制服のまま喫茶店に入ることなど平気なうえ、酒を出すような店にも普通に出入りしていた自分にとって衝撃的な一言だった。

    とりあえず、ここはマサルの意見を尊重しておいたが、ノドがカラカラに渇いてきたので店頭でソフトクリームやらジュース類やらを販売している店を見つけ、「何か買おう」 と誘った。 ところが、そこでもマサルは浮かない顔をして 「買い食いは・・・」 と躊躇している。 ここはもう一押しだと思い、「疲れたよなー」 「ノド渇いたよなー」 と耳元でささやきながらマサルの周りをぐるぐると回ってみた。

    「う~む」 と迷っているマサルに 「甘い物を摂ると疲れがとれるぞー」 と究極の台詞で誘ったりしてみたが、10分以上も悩んだ挙句に 「やっぱり買い食いはいけない」 と、その場からスタスタ立ち去ってしまった。 目の前が暗くなるとは、こういう時のことを指して言うのだろう。 一人だけ買ってノドを潤すのも気が引けるので、結局はマサルの後を追うことになってしまった。

    こんなクソ真面目な奴と、当時不良だった自分がどうして友人関係を保てたのか今でも不思議ではあるが、何となく気があったのだろう。 そして、それからも現在に至るまでも腐れ縁とも言うべき関係は、まだまだ継続していくのであった。

  • マサルノコト scene 10

    今日で 1月も最後の土曜日であり、来週には 2月も始まるが、やっぱり今年もマサルからの年賀状は届かなかった。 自分から出した年賀状に 「今年年賀状が来なかったら来年から出してやらん」 と最後通告しておいたので、今年の年末にマサル宛の年賀状を投函するのを本気でやめてやろうかと考えたりしている。

    元来マサルはマメな奴で、前回の雑感にも書いたように変な荷物を送りつけてきたり、scene 3 で書いたように人を楽しませることだけを目的に、留守番電話のメッセージをコマメに変えたりするのであるが、こと年賀状に関してだけはマメさを発揮することができず、一昨年まで年賀状が届いていたときも、正月が明けて数日してから届くような有様だった。

    昨年からは、ついに年賀状を出すのを放棄し始め、今年で二年目になる。 誰からも送られてこなくなる可能性が高いのを自覚しつつも、どうしても出す気になれないそうなのである。 確かに付き合いが途絶えており、年賀状のやり取りくらいしか生存確認できない人に対しては、何を書いてよいのか迷ったりして面倒なものではあるが、その生存すら確認できなくなるのはいかがなものか。

    それでも 1月 1日の夜に 「あけおめ」 の電話がきたのでマサルの生存は確認できている。 話す内容と言えば、いかに自分たちが歳をとり、血圧が高いだのコレステロール値が高いだのという変な自慢話ばかりである。 その他にも近況などを話し、相変わらず涙が出るくらい大笑いしている。

    相当に付き合いが長くなったマサルだが、実は 1歳年上だったりする。 別にマサルが落第したりした訳ではなく、小学生の頃に大病を患い、長期入院を余儀なくされて進級できなかった訳なのである。 その存在は中学一年生の頃から知っていたが、友人関係になったのは二年生からだ。 同級生にしては凄く大人びていたのでマサルノコトを 『オッサン』 と呼んでいた。

    大病を患ったなどとは思えぬくらいにコロコロしており、背も大きかったが、かもし出す雰囲気がオッサンくさかった。 おまけに家系なのか、薬の影響なのか、当時からかなりの量の白髪があったので余計にオッサンくさい。 教室の前にあった教師の机に 12色のマジックがあったので、マサルの白髪の一本一本を様々な色に塗ってクリスマスツリーのようにしてやったこともある。

    自分は不良をしている真っ最中で、やんちゃなことばかりしていたのだが、マサルは妙に落ち着き払っていて、そこがまたオッサンくさい。 自分が悪いことをしようものなら、「お前な~」 と言って説教をされたり、叱られたりもした。 結果的に大きく道を誤ることもなく、一般社会に出ることができたのはマサルのおかげである部分も大きい。

    常に自分より上にいてくれたので、オッサンと呼ぶに相応しい奴なのだが、どういう訳だか現在は呼び名が逆転し、自分はマサルのことを 「お前」 と呼ぶが、マサルは自分のことを 「オッサン」 と呼ぶようになってしまった。 それがいつの頃からだったか、はっきりとは記憶していない。

    もしかすると、マサルが自分に対して妙な行動をとり始めた時期と一致するかもしれない。 普段は真面目な社会人であるのだが、どうやらストレスの発散場所をこちらに向けているような気がする。 人を笑わせたり楽しませたりするのが好きな奴なので、行動に拍車がかかっていたのだろう。 呼び名が変わったのと同時に立場も逆転し、マサルの奇行に対して 「お前な~」 と言っている自分がそこにいた。

    最近は変な荷物が送られてくることもなく、妙な留守電のメッセージを聞かされることもなくなり、電話で話していると、お互いがお互いに対して 「お前な~」 と、ツッコミとも説教とも言える会話を続けたりしながら、年に数度の長電話で夜はドップリとふけて行くのであった。

  • マサルノコト scene 9

      以前に務めていた会社で仕事をしていると、受付の女性がとっても嫌そうな顔をして 「変なものが送られてきました」 と荷物を持ってきた。 まるで汚いものでも持つかのように、親指と人差し指でつままれた物体を受け取ると、それは血まみれのレスラーが表紙を飾るプロレス雑誌の束だった。

      ページが開かないように、背表紙以外はガムテープで固定されている。 そして、その雑誌に直接送り状が貼り付けられ、宅配便によって自分のところまで運ばれてきた訳だ。 送り主を見ると、そこにはマサルの名が記されている。 奴のことだから古雑誌を処分するついでに 「嫌がらせのつもりで送ってきたのだろうか」 などと真意を測りかねながら開封すると、そこには 1本のビデオテープが入っていた。

      まるでスパイ映画のように雑誌の中をビデオテープの大きさにくり抜き、ピッタリと収まるかたちでテープが入っている。 底の部分に手紙が入っており、そこには 「○月○日放送の映画を録画してくれ」 と書かれていた。 当時マサルの住んでいたアパートでは衛星放送が受信できなかったのである。 単にそれだけのことなのに、普通に荷物を送るのはつまらなかったらしく、わざわざ手の込んだやりかたで発送してきたらしい。

      もちろん帰宅後すぐに電話して 「くだらないことをするなー!」 と文句を言い、女性社員がどれだけ嫌な顔をしており、それによって自分まで変な目で見られることを伝えたのだが、「会社でのお前の立場をなくしてやる」 なんてことを言う。 「それだけはやめてくれ」 とすがってみたが、「むふふふ」 という不敵な笑いを残して電話が切れた。

      数週間後、受付の女性が 「また何か届きました」 と手に洗濯用の洗剤の箱を持ってやってきた。 前回の荷物の件が周りに知れ渡っていたため、今度は何事かと人がワラワラと寄ってくる。 今度は 『酵素パワーのトップ』 の箱に直接送り状が貼られており、その送り主には見るもおぞましいマサル名が記されていた。

      恐る恐る開封すると、中には普通に洗剤が入っている。 何のために洗剤を送ってきたのか、またまた真意を測りかねていたのだが、その箱が妙に軽いことに気が付いた。 嫌〜な予感がして調べてみると、箱の中に仕切りをつくり、中にビデオテープが収められていた。 わざわざ工作までして箱にテープを入れ、その上に仕切りを作って上の部分にだけ洗剤を入れて送ってきたのだ。

      もちろん帰宅後すぐに電話して 「二度とこんなことはしないように」 と言い渡したのだが、前回と同様に 「むふふふ」 という不敵な笑いを残して電話が切れた。 それからも手を変え品を変えて次々に変な荷物が送られてくるが、用と言えば 「○月○日放送の映画を録画してくれ」 というものばかりである。 会社でも、すっかり変な荷物が届けられることが有名になってしまい、次はどんな手口で送られてくるのか楽しみにする奴まで現れる始末だ。

      そしてある日、会社に会議用の机を梱包する 180cm x 120cm ほどの巨大な段ボール箱が送られてきた。 ちょうど会議用の机を手配していたこともあり、みんなのいる前で開封しようと思って運ぼうとすると、箱のサイズに見合わず鬼のように軽い。 もの凄〜く嫌〜な予感がして送り主を確認すると、そこにはマサルの名。

      なんと、巨大な箱の片隅に小さな仕切りを作ってビデオテープを収め、箱が変形しないように、所々に支柱まで作成してある手の込んだもので送ってきたのである。 周りの奴らはゲラゲラ笑うし、受付の女性からは冷たい目で見られる散々な思いをすることになってしまった。

      もちろん帰宅後すぐに電話して 「いい加減にしろー!」 と怒鳴ってやると、「あほー!規格外の荷物を送るのにどれだけ送料を払ったと思ってるんだー!」 と完全に逆ギレ状態である。 それからも荷物が送られてくるたびにマサルからではないかと怯え、マサルが衛星放送を受信できるようになるまで心安らぐことがない日々が続いたのであった。

  • マサルノコト scene 8

      マサルは超雨男である。 『マサルノコト scene 5』 に書いたように、遠くから我家まで頻繁に遊びに来ていたのだが、マサルが来るたびに天気が優れない。 最高で曇り空、だいたいはグズグズした空模様。 ひどい時には、マサルが近づいてくると空に暗雲がたれこめ、落雷が轟き、ゴールデンウイークだというのにバラバラと直径 1cm はあろうかという雹 (ひょう) が降ってきたことさえある。

      当時勤めていた会社の仲間にもマサルが雨男だということが広く知れ渡り、連休の前などは 「友達は来る?」 などと質問を受ける。 「来るって言ってたよ」 と答えようものなら 「お願いだから来ないように言ってくれない?」 と手を合わせてお願いされる。 事情を聞くと、連休中に外出するので雨が降ると困るのだと言いだす始末だ。

      そんな事情でマサルに断りを入れるのも何なので、放っておくと連休中は案の上の雨である。 休み明けには 「どうして断わってくれなかった」 と恨みのこもった抗議を受けることになる。 そんなことを言われてもマサルが来ると必ず雨が降ると確定している訳でもなく、天気が悪かったのはマサルのせいではないだろうと反論するのだが、誰かが統計をとったところ、悪天候の確率は 70%に達するという。

      薄々はマサルが雨男であるような気がしてはいたが、マサルが来た際に天気が良くない確率がそんなに高いとは認識していなかった。 そのことを本人に伝えると、心外だと言わんばかりに機嫌の悪い声で文句を言っていたが、悪天候になる確率を教えてやると、「そう言えば晴れた日にお前と会った記憶がない」 と真剣に悩み始めた。

      人間というものは、自分のことを客観的に見つめ直し、その状況を正確にわきまえた方がよろしい。 この際だからマサルも自分が雨男であることを認めるべきである。 「人間、諦めが肝心だ」 と言って聞かせ、渋々ながらも雨男であることを認めさせた。 最初はテンションが下がっていたものの、ある時期から気持が吹っ切れたようで、開き直りにも近い状態となった。

      「昨日は出張で○○まで行ったけど、やっぱり雨でよ〜」 などと自慢の電話をかけてくる。 仕事のため、とある島ままでフェリーで行き、とんでもない悪天候になって船が欠航したため 2日間ほど足止めをくって島から帰って来れなかったなどという自慢話を聞いたのも一度や二度ではない。 とにかく各地で 『嵐を呼ぶ男』 は絶大なるパワーを発揮していたのである。

      ある日、マサルは我家に遊びに来ていた。 夜になって腹も減ってきたので近所の居酒屋まで行くことにした。 道を歩いていると、やっぱり空はどんよりとし、ポツポツと雨も落ちてきている。 「やっぱりな〜お前のパワーはすごいな〜」 などと言いながら居酒屋で腹一杯になるまで食事をし、気分が良くなるまで酒を飲んだ。

      帰り道、店を出るときには止んでいた雨が再び降りだし、ポツポツと頬をぬらし始めた。 「どうやら雨はお前をぬらしたいらしいな」 などと言いながら歩いていると、酔ったマサルが大声で 「どうせなら中途半端に降っていないで思いっきり降れ!」 と叫んだ。 すると恐ろしいことに、それから 1分も経過しないうちに雨足が強まり、鬼のような勢いの土砂ぶりになった。

      ずぶぬれになって家に帰り、「お前は自分のパワーを分かっていない!」 「余計なことをして土砂ぶりにするな!」 などと訳の分からない説教をしながら濡れた服を着替える。 マサルは少しションボリしながら 「俺だってまさか大雨になると思わなかったしよ〜」 と弁解していた。

      会社でその話をすると、みんなは 「恐ろしや、恐ろしや」 とざわめき始め、オロオロとうろたえている。 それ以降、マサルは 『レインマン』 と呼ばれ、恐るべき雨男として長く語り継がれることになったのであった。

  • マサルノコト scene 7

      『マサルノコト scene 5』 に 「自分からマサルが暮らす街に行ったことなどない」 と書いたが、実は一度だけ行ったことがある。 それは、わざわざマサルを訪ねに行った訳ではなく、ついでに立ち寄っただけだ。 過去の雑感に何度か書いているように、出不精となった今では信じられないほど車に乗って遠くまで出かけたりしている時期だった。

      その前日から仲間 6人と 2台の車に分乗し、行き先も決めず、当てのない旅をしていた。 夜がふけて夜中になっても走り続け、気が付くと住んでいた町から 400km 以上も離れたマサルの住む街にたどり着いていた訳だ。 その街は 7/22 の雑感に書いた祖父母が暮らしていた街でもある。 自分には土地勘があるので仲間に市内を案内し、祖父母が住んでいた場所も見に行った。

      そして、そこはマサルの住む街であることも思い出し、すでに仲間内では有名人だったマサルの家を訪ねてみることで意見の一致をみたのである。 しかし、具体的にどこに住んでいるのか分からなかったので、当時は各所に点在していた電話ボックスに入り、マサルの住所を探ろうとしたが、電話帳には記載されていなかった。

      そこで悪い頭をフル回転させて年賀状に書かれていた住所を思い出そうと必死になった。 おぼろげながら浮かんできたのは 『〇〇町』 という市内の地名だ。 とりあえずはその町名の場所まで移動し、あとはヒマにまかせての捜索活動だ。 『マサルノコト scene 2』 に書いた状況から、幹線道路まで徒歩数分の距離であること。 そして、その時の会話から自分が知っている場所からもアパートが近いことは推測できる。

      マサルが乗っている車の種類や色も分かっているので、ある場所に的を絞って車の捜索を開始した。 30分ほど探しただろうか、マサルの物と思わしき車を発見し、郵便受けを確認すると 2階の部屋にマサルの名前を見つけた。 別行動していたもう一台の車に乗った仲間を呼び寄せ、合計 7人でソロリソロリと階段を上る。 その日は日曜日、時間は午前 7時。 外出しているはずがない。

      ドアを数回ノックしたが、マサルは現れない。 強く、そして長くドアをノックし続けると、寝ぼけた目をしたマサルが顔を出した。 「ど、どうした?」 と驚いているマサルを無視し、狭いアパートの中に合計 7人が次から次へと乱入する。 部屋に入るなり、「腹が減った」 と食卓に置いてあったパンを貪り喰い、「のどが渇いた」 と冷蔵庫の中のものをゴクゴク飲む。

      マサルは呆気にとられて部屋の中央に立ちすくんだままだ。 まるで立場が入れ替わったように 「まぁ座れ」 とマサルをイスに座らせ、部屋の中を物色する。 オーディオ関係の棚の中に聴きたかった CD を発見したので 「これ借りていくぞ」 と何枚か取り出したりしていた。 そして、今が旅の途中であること、夜通し走っていたので休憩を兼ねて訪ねてきたことなどを話し、小一時間くらいでアパートを出て、状況を完全には把握できず、まだボ〜ッとしているマサルを残して街を後にした。

      その夜、マサルから電話があり、「何か俺、変な夢を見たんだけどよ〜」 と言い、「朝早くにお前が来てな〜」 と今朝の出来事を淡々と話し始めた。 「そうか〜悪い夢を見たな〜」 などと適当な相槌をしていると 「ふざけるなー!」 と急に怒り出し、「せっかくの休みだったのに早起きさせられた」 とか 「人の寝込みを襲うとは何ごとぞ」 などと文句を言う。 少し話を聞いていたが、最終的には 「うるさい!」 と言って電話を切ってやった。

      そしてその後、外で車の止まる音が聞こえるたびに、悪夢の再来かと怯える日々が続いたマサルなのであった。

  • マサルノコト scene 6

      前回の続きになるが、マサルが連続で遊びに来る記録が 9週で途絶えたのは体力の限界が理由だった。 当時、二人とも仕事に対して少なからず不満を持っており、そのストレスを発散するため、あるロックバンドのライブを観に通ったりしていた。

      過去の雑感に特定のもののファンになることはないと何度も書いている通り、今から思えばその音楽性やバンドそのもののファンだったのではなく、単にライブ会場で大暴れしてストレスを解消することだけが目的だったように感じる。 何十枚も CD が発売されているのに持っているのは 4-5枚程度だし、メンバー全員の名前すら知らない。

      その程度のものであるにも関わらず、毎回のチケット購入が面倒になったので、電話予約だけで予約可能なファンクラブにまで入会していた。 電話をして予約を済ませ、銀行にお金を振り込んでおけばチケットが郵送されてくるので楽だったのである。 本当のファンで心から応援している人たちには申し訳ない限りだ。

      それでもファンクラブの力は絶大で、会場の最前列近くのど真ん中にある席のチケットが送られてきたりするので、マサルと自分のライブ熱はヒートアップするばかりだった。 ライブ前日から仕事を休んでマサルが宿泊し、自分だけ仕事に行ってスーツ姿のまま会場に直行したり、マサルが仕事を休めない日は休日の朝早くに家を出て 400km の道を車で移動してやって来る。

      もの凄く忙しい時は夜 9:00過ぎにライブが終わって軽く食事を摂り、そのまま 400km 先の自宅に帰るという無謀なこともしていた。 自分の住んでいた街とマサルが住んでいた街の中間地点までライブを観に行き、それが終わった後に 200km 先にある自分の街までマサルが送ってくれたこともある。 その時点で深夜になっているのだが、明日も仕事だからと言って 400km 先まで帰っていったこともあった。

      若さゆえに可能だった荒業ではあるが、そんな無茶なことが長く続くはずがない。 連続記録更新中の 9週目に事件は起こった。 その時は金〜日曜の 3 days のライブだったので、マサルは仕事を休んで遊びに来ていた。 チケットはファンクラブ経由で 3日間とも押さえてある。 最終日のライブを観に行っていると、翌日に遠く離れた街で野外ライブを決行することが告げられた。

      三日間のライブで気合いの入ったマサルは、「もう一日休んで観に行く!」 と言い出した。 自分も異論はなかったので、仕事を休んで遠い街まで出かけることにした。 そこは自分の住んでいた街から 400km 以上も離れていたが、気合いが入っているので気にならない。 二人勇んで会場に向った。6時間以上の道のりも苦にならずに到着してライブが始まる。

      そして終了したのは 20:00 を過ぎていた。 ここまで来てしまった訳だから当然、帰らなくてはならないのだが、ライブで燃え尽きたので道のりが遠く感じる。 帰りは夜ということもあって割とスムーズに進んだが、帰宅したのは深夜 1:00 を過ぎていた。 そして、恐ろしいことにマサルの自宅はまだ 400km 先である。 燃え尽きたマサルは少し悩んでいたが、「今から向えば仕事に間に合うかもしれない」 と言い残して遥か彼方にある街に向ってアクセルを踏み込んでいった。

      帰宅した自分は倒れこむようにベッドに入り、ドロのような眠りに落ちた。 翌日の仕事を終えてからマサルに電話してみると、ものすごく元気のない声が受話器から聞こえてくる。 「あれからどうだった?」 と尋ねると、仕事に間に合う時間に到着したが、『あしたのジョー』 のように体力も気力も燃え尽きて、真っ白な灰になってしまい、高熱を発して倒れてしまったのだと言う。

      翌日になっても熱は下がらず、前週の金曜日を含めると 4日間も会社を休むことになってしまい、上司からこっぴどく叱られたマサルは週末に遊びに来るのを止めた。 これが連続記録が 9週で途絶えてしまった真相だが、あの無理がなければ何週間の記録が生まれただろうと思う。 しかし、それを期にライブからも足が遠のき、会う機会もめっきりと減った。

      そしてその後、二度と再び記録に挑むことはなかったのであった。

  • マサルノコト scene 5

      マサルと自分は東京と大阪で暮らしているので実際に会う機会はほとんどない。 以前も同じ街に住んでいた訳ではないので、一年に一度くらいの割で生まれ育った地元で会うくらいだったが、ここ五年以上も帰省していないので結果的にマサルの顔も見ていない。

      もしかしたら、これは会わない期間の最長記録だろうか。 お互いに若く、体力もある頃は頻繁に会って遊んでいたものである。 とは言っても一方的にマサルが訪ねてくる状態で、自分からマサルが暮らす街に行ったことなどないのだが・・・。

      たまたま遊びにきた翌週に出張研修で三日間ほどマサルを家に泊めることがあった。 その際に 「何週連続で遊びに来れるか」 という話になり、ムキになりやすいマサルは 「それなら挑戦してやろうじゃないか」 と言い出した。 純粋に遊びに来ることが目的ではなく、何週間続けられるかが目的になってしまった訳である。 そして、当時は 400km ほど離れた土地に暮らしていたため、法定速度を守って車を運転すると、往復で 12時間以上もかかる道のりだ。

      そんなに続くわけがないだろうと高をくくっていたのだが、マサルは律儀に毎週やって来た。 土曜日の午後に 「ピ〜ンポ〜ン」 と鳴ると外にいるのはマサルに決まっている。 当時はオートロック式のマンションに住んでいたので、インターフォン越しに何か面白いことを言って笑わせてくれない限り正面玄関のロックを解除してやらなかった。

      長距離運転をし、おまけに自分を笑わせるネタまで考えなければいけないのだからマサルは大変だ。 何週目かに、あまりにもつまらない事を言ったので無言のままインターフォンを切ってやった。 すぐに 「ピ〜ンポ〜ン」 と鳴って 「人が一生懸命考えたのに切るとは何ごとだ!」 と怒っている。 「うるさい」 と言って切ってやると、またすぐに 「せっかく遊びに来てやったのに!」 と怒鳴ってくる。

      それでも無視して切ってやると、「運転で疲れているんだから入れて」 と泣きついてくる。 「笑わせてくれなきゃ入れてやらん」 と突き放すと、急に静かになってしまった。 (怒って帰ったのだろうか) と少し不安になりかけた 30分後、「ピ〜ンポ〜ン」 と鳴ったので出てみるとマサルが何かを言って大笑いさせてくれた。 何か面白いネタはないかと車の中で考えていたと言う。

      めでたく正面玄関を突破して来たマサルだが、いくら深い付き合いであろうと毎週会って話すことなど続く訳もなく、二人でテレビを見たりゲームをしたりして夜になると飯を喰いに外出し、気分良く酒を飲んで就寝し、翌朝になると帰って行くという無意味な生活が続いた。

      何に対して意地を張っていたのか今となっては分からないが、結果的には無駄な労力と時間とガソリン代を費やして 9週間連続という大記録を樹立した。 なぜ 10週間連続にならなかったのか、連続記録が途切れてしまった経緯に関しては、またそのうちに書くことにしようと思うが、本当に何を考えていたのだろうと今になって思う。

      それでも、そんなことが思い出になって、今でも当時を振り返って 「バカなことをしてたな〜」 と話題の一つになって会話が盛り上がるのも事実だったりするのではあるが。

  • マサルノコト scene 4

      3/18 からの続きになってしまうが、マサルの留守電で遊んでいた頃に、楽しませてもらってばかりでは申し訳ないので、こちらも楽しませてやろうと色々なメッセージを残しておいた。 当時は二人揃ってあるアーティストに入れ込んでおり、そのテーマソングだけを録音しておいたら数時間後にマサルから電話があった。 「よく分かったな」 と言うと、「あんなことする奴はお前しかいない」 という返事。

      当時は携帯電話など普及しておらず、どうしても確認したいことがあったので何度も電話したがマサルは外出中だ。 最初は 「すぐに電話くれ」 とか 「早く帰ってこ〜い」 などとメッセージを残しておいたのだが、だんだん話すことがなくなってきたので途中からは似ても似つかないモノマネを録音してやった。

      「こんばんは・・・森進一です」 とか 「ど〜も〜桜田淳子で〜す」 とか 「どうぼ、だぶらまざがず (田村正和) です」 などなど、思いつく限りの芸能人の名を挙げ、誰が聞いても似ていないモノマネをして一人で笑ったりしていた。 そして、そんなことをしたのをすっかり忘れて遊びに出かけ、帰宅したら鬼のように怒ったマサルからの電話があった。

      ワナワナと震えた声で 「おまえな〜」 と言うので 「あ?」 と間抜けな返事をしたら 「くだらないことをするなぁー!」 と叱られてしまった。 なんでも外出先から留守電のチェックをしたところ、「34件のメッセージがあります」 と聞き、親が怪我か病気でもしたのかと心底驚いたと言う。 そんなのは知った事ではないので 「うるさい!楽しませてやろうとしただけだ!」 と反撃すると 「たしかに面白かったけどよ〜」 と、しぶしぶ認める気の良い奴なのである。

      マサルとは本当によく電話で遊んだものだ。 二人で夜中にテレ朝系の 『朝まで生テレビ』 を観ながら電話で出演者の意見に文句を言い合い、『朝まで生電話』 になってしまったこともある。 マサルの映画評論は中途半端な評論家より信頼できるので、電話で面白い映画を教えてもらってからレンタルビデオ屋に向ったことも一度や二度ではない。

      過去の雑感に何度も書いているように、ドロドロとした恐怖映画は恐くも何ともないのだが、何かが急にドバーッ!と出てきたりして驚かされるものは心臓に負担がかかるので観ていられない。 そこで登場するのがマサルだ。 自分が興味を持つような映画はだいたい観ている奴なので、電話をして驚くシーンがあるかを事前に確認する。

      すると、「映画中盤で主人公が洗面台の棚に手を伸ばしたときに後ろから・・・」 などと驚かされるシーンを細かく説明してくれるので、十分に心の準備を整えた上で鑑賞できるので誠にありがたい。 それでも想定外のシーンで尻が床から 6.25cm ほど浮き上がるくらい驚き、うずくまってハアハアするようなこともたまにはある。

      映画を観終わった後にマサルに電話して 「あほー!〇〇のシーンで死にそうになったぞ!」 と抗議すると、「そんな程度のことで驚くと思わねーだろーが!」 と反撃される。 「お前の言うことなんか二度と信用するか!」 と悪態をつくと 「泣きながら電話してきても教えてやらないからな!」 と大喧嘩になってしまう。 それでも数日すると、ご機嫌を伺いながら電話して面白い映画を教えてもらったり、驚くシーンの有無を確認したりするのである。

      そして、そんな関係は現在も継続したりしている。 ここ数年はレンタルで映画も観ていないが、ゴールデンウィークも近いことなので、そろそろマサルに電話して映画評論でも聞こうかと思っている今日この頃である。

  • マサルノコト scene 3

    3月 8日の夜。 『明けましておめでとうございます』 という E-mail が届いた。 迷惑メールかと思って送信元を確認すると、それはマサルからのものだ。 (3月だというのに何がおめでとうじゃ!) と思いながらもメールを開いたが、件名とは何の関係もない本文。 内心ムカムカしながらも、ネットに関する質問だったので一応は回答しておいた。

      独り言にも書いたが、11日の夜にマサルからの電話があり、久々に長電話をした。 特に重要な話しがあった訳ではないが、年に一度くらいの割で電話をし、その度に長電話になってしまう。 近況報告といっても 「どうだ?」 「まあな」 の一言で終わり、それからは延々とくだらない話をして笑い転げる。 そして、実のない話に終始してお互いに疲れきったところで電話が切れる。

      電話に関しては前回の雑感にも書いた通り、いろいろなことをして遊んだものだ。 話すことがなくなったら切れば良さそうなものだが、若い頃はヒマを持て余していたので互いに切ろうとしない。 しまいには何も話さず同じテレビを観てお互いにブツブツ言っているだけだったこともある。

      もっとヒマになってくると、新聞のテレビ番組欄に載っている出演者の名前を読み上げ、それが何の番組なのかを当てる遊びもしたことがある。 問題を出し合い、短い時間で当てた方が勝ちなのだが、それも長い時間は続かずに飽きてしまい、電話をしているくせに 「何か面白いことはねーのか」 などと文句を言っていたものである。

      マサルが購入した電話機には留守番電話機能も搭載されており、標準で流れる味気のないメッセージではつまらないと言うことで、留守電メッセージに凝ったことがある。 とは言ってもマサルが一方的に自分を楽しませるために録音してくれたものではあるのだが、信じられないくらい多くの種類のメッセージがあった。 しかし、今ではその大半を忘れてしまっている。

      それでも強く印象に残っているのは・・・ 「ただいまプロレス観戦に出かけています。」 というメッセージとともにプロレス会場らしき声援が後ろで流れている。 「5分経ったらおかけ直しください」 というメッセージの後に会場アナウンスの 「試合開始 5分経過〜5分経過〜」 という声が聞こえるものである。 自分はネタだと分かっているので良いが、マサルの母君は本当に 5分後に電話してきたそうだ。

      さらに強い印象があったのは、今の子ブッシュではなく親ブッシュ大統領時代、1991年の『湾岸戦争』 当時の留守電で、「今、私はイラクに来ているため電話に出ることができません」 とういうメッセージの後ろでは銃撃戦の音や戦車の走る音がしている。 「御用のある方は、ビーという音の後に・・・」 と言ったところで大きな爆発音が轟き、マサルの 「うわぁ〜!!」 という絶叫で終わるものだった。

      ネタを考え、効果音まで入れてメッセージを録音するのは大変だったろうが、自分はと言えば 「そろそろ飽きたから他のにしてくれ」 という一言を留守電に入れたりしている我ままな奴だったりするのである。 それでも一年間くらいは様々なネタで楽しませてくれたマサルなのであった。

      話を 11日の電話に戻せば、散々くだらない話をした後で 「何があけましておめでとうじゃ!」 と文句を言い、「来年からお前になんか出してやらないからな」 と言い添えると、「配達される年賀状が年々減って 10枚を下回りそうだからやめないで」 とすがってくる。

      とりあえずは 「うるさい!」 と言って電話を切ってやったが、今年の年末もマサル宛の年賀状を書くことになるだろう。

  • マサルノコト scene 2

      今日で元旦から二週間が経過したが、相変わらずマサルからの年賀状は届いていない。 『便りのないのは無事の知らせ』 と言うくらいなので、とくにこちらからも連絡はしていない。 どうせ連絡したところで、くだらない話をダラダラして終わるだけなのは目に見えているからである。 本来なら違うネタで雑感を書こうと思っていたのだが、腹立たしいのでマサルのネタにすることにした。

      マサルは就職して一人暮らしを始めた際、六畳二間の小さなアパート暮らしだったくせに、当時としては最新式のコードレス電話を購入した。 「そんな狭い部屋でコードレスなんぞ必要なかろう」 と言ってやると、それはどれだけ便利なものかとムキになって説明を始めた。 「はいはい」 と適当に返事をしていたが、少なからず興味があったので 「どの程度まで電波が届くのか」 と質問をしてみた。

      「取扱説明書には 50メートルと記載されている」 と答えるので 「やっぱりその部屋には必要ない」 と言ってやった。 すると、「外で洗車しているときだって子機を持って出れば電話を受けられる」 などと訳の分からない理屈をこねる。 「それじゃあ、話したまま外にでてみろ」 ということになり、マサルは子機を持って話をしながら部屋を出た。

      当時住んでいたのは海沿いの田舎町で、障害物となる大きな建物もなく、思いのほか遠くまで通話が可能だった。 普段と変わらない会話をしながら、時折 「今は家から 200メートルくらい」 などという報告をしていたのだが、それが 500メートルになっても 700メートルになっても途切れることがない。 1キロくらいになったときに少し会話にノイズが混ざるようになったくらいのものである。

      電話の性能を試すのにも飽き、会話することもなくなったので 「その電話が凄いのは分かった。じゃあな」 と電話を切った。 すると、すぐに電話が鳴ったので出てみると 「切るな〜!」 とマサルが怒っている。 聞けば 「こんな夜中にパジャマ姿で電話機を握りしめて歩くのは恥ずかしい」 と言う。 確かに当時は携帯電話など普及しておらず、おまけにマサルは寝る準備をしていたところだった。

      「電話していても一人で歩いているから一緒じゃ!」 と切ると、すぐにかけてきて 「お願いだから切らないで」 と懇願してくる。 それでも話をすることがなくなっていたので 「もう遅いから気をつけて帰るんだよ」 と切ると、再びかけてきて 「たのむ〜!きらないでくれ〜!」 と騒いでいる。 可哀想になったので仕方なく話しに付き合うのだが、少し話すと会話が途切れる。

      その度に 「きるぞ!」 と脅かしてやると 「ちょ、ちょとまて!」 と必死に会話を続けようとするのだが、話のネタも尽きて新しい話題がない。 そうこうしているうちに家の近くになったらしく、急に態度が大きくなって 「お前なんかに二度と電話してやるもんか!」 など言いだす憎らしい奴なのである。

      この電話機に関しても様々な逸話があるのだが、それも次の機会に譲ることにする。