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  • デジタル化の波 Signal-20

    デジタル化の波 ~目次~

    スマホの普及率が圧倒的になってきた。

    それとともに固定電話の普及(設置)率は大きく下がり、パソコンの普及率は頭打ちから減少傾向となっている。

    少し前であれば、公共の書類などに記載するのは固定電話番号と制限され、携帯電話の番号は拒否されたものであるが、今となってはむしろ固定電話を持つ単身世帯は稀だ。

    スマホがあればネットも楽に繋がり閲覧も可能なので Webサイトの閲覧も今はスマホからが 70%、タブレットからが 20%、パソコンからは 10%程度という構成になっている。

    もちろん、サイトの内容などによって比率は変わるだろうが、Twitter、facebook、Instagramなどの SNSだと 90%以上がスマホやタブレットからだと思われる。

    確かにスマホからのネット検索などは便利なことこの上ない。

    わざわざ文字入力しなくても音声認識で検索してくれるし、GPS機能で場所を特定できるため、店などは現在地の近くにあるものを優先的に調べてくれる。

    以前は『大阪 千里丘 歯医者』 などいうワードで検索していたものが 『歯医者』 と 1ワードで検索すれば自動的に現在地の近くにある歯医者を調べてくれるのだからありがたい。

    そんなに便利なものだから、ますます普及するだろうし、手元でいつでもネットが使えるのだからパソコンを持つ必要性も薄れる。

    パソコンは大学生の必需品、それがなければ就職活動に大きな支障をきたすという時代もあったが、今はスマホがあれば事足りるのでパソコンまで買う必要がない。

    今や日本の学生のパソコン所有率は世界でも最低レベル、それがゆえにパソコンに関するスキルも世界で最低のレベルになってしまっている(Newsweek)。

    それは今後ますます必要となるパソコンのスキル、プログラミング能力が低いということで、日本の世界競争力が現在の 8位から低下の一途をたどるのではないかと不安になってしまう。

    パソコンが一気に普及して社会の必需品となった 1995年くらいから、スマホが普及する 2010年までの 15年間に社会に出た現在 30~45歳くらいの人たちは、パソコンの使えない上司と部下に囲まれて、さぞかし苦労されているのではないかと思われる。

    そのパソコンを使えない上の世代が大量に定年退職するご時世になってきた。

    新聞購読を辞めてしまう世帯主の 7割がリタイアした 60代 70代世帯なのだそうだ。

    そうなると、パソコンやスマホが使えないため主たる情報源はテレビが圧倒的になってしまうのだろうから、マスコミによって世論を操作することなど簡単なことに違いない。

    しかし、これから数年後になれば、テレビの視聴率よりネット閲覧率のほうが遥かに上回る時代が確実にやってくる。

    そうなると世論を大きく動かすのはテレビではなくネットということになり、その伝播力のすさまじさから、すべてが萎縮した世の中になってしまわないか心配だ。

    今現在もネットで悪評が広がらないよう、神経質にならざるをえない状況になっている。

    それはすべての業種に言えることで、接客態度が悪かったりちょっとした落ち度があれば、あっという間にネットで叩かれ、顧客にそっぽを向かれてしまうという危険性をはらんでおり、一瞬たりとも気が抜けない。

    個人が発信する情報も、安易な書き込みで個人が特定される場合もあるので気をつけるべきだ。

    facebookを除けば多くの場合は匿名でネット住民となっているが、Twitterでもブログでも、たとえば
    「昨日、近所に○○という店がオープンしたから行ってみた」
    などと書き込めば、その日付と店名、新規オープンなどの情報から店の住所が特定され、そのネット住民は確実にその辺りに住んでいることが分かる。

    並行して実名のfacebookなどをやっていて、同じ情報を書き込んでいたりすれば知人に Twitterなどのアカウント名が知られてしまう可能性も低くない。

    それらのことを気にすれば、気軽につぶやいたり書き込んだりできなくなってしまう。

    しかし、いくらネットの世界でもルールやマナーがあるのだから、一定程度の気を使いながら利用するのは当然か。

    マナーと言えば、最近は常識にも変化が起こっているようなので、自分のようなオッサンは特に気をつけなければならないだろう。

    少し前に話題となったのは『電話野郎』。

    スマホ、LINE世代からすると、携帯電話にいきなり電話してくるのは迷惑千万な行為なのだそうだ。

    まずは LINEかメールにて電話しても良いか確認し、了解を得てから電話すべきなのだとか。

    ・・・。

    何のための携帯電話なのだろう。

    いつでも、外出中でも電話を受けられるという利便性から生まれたのが携帯電話であり、それが進化したのがスマホな訳で、その根本は携帯性を実現した電話であることに変わりはない。

    いつでもどこでも電話できることを前提としているのであれば、なぜ電話して良いかとお伺いを立てなければならないのか。

    「ふざけたことをぬかすなっ!」
    と、怒鳴ってやりたいオッサンではあるが、それが新常識、現代のマナーなのであれば仕方がない。

    ここは素直に従い、若者に電話する時は先に LINEで問い合わせることにしようと思う。

    いや、若者に電話することなどないと思われるが・・・。

  • デジタル化の波 Signal-19

    デジタル化の波 ~目次~

    5年半前にもテレビ離れについて書いたが、各局が必死に視聴者を惹きつけようとする努力にもかかわらず視聴率の低迷、業績の低迷に歯止めがかからないでいる。

    そもそも努力の仕方が間違っているので回復するはずもない。

    インターネットの普及、スマートフォンの普及によって動画視聴が当たり前となり、いわゆる違法アップロードなどによってテレビ番組が不当に視聴されているというのがテレビ業界の認識で、それを打破しようと『民放公式テレビポータル』を立ち上げ、ユーザーをそちらに誘導して動画再生させ、動画広告の収入を得ようとしているが、ユーザーはそこまでして番組を見たいとは思っていないだろう。

    これは音楽業界が音楽配信や違法アップロードによって CD販売が低迷していると主張していた十数年前に酷似している。

    デジタル配信の普及によって、いわゆる版権や原盤権を持つレコード会社の利益は激減したかもしれないが、著作者に支払われる対価が不当に減っていない限りはビジネスモデルが大きく変化しただけのことであって、ネットの普及や違法行為が問題なのではない。

    つまり、流通の中間マージンを省いた物品販売と同様に、今まではプロダクションやレコード会社を仲介し、さらには CDをプレスして製品に仕立てる業者、CDの卸業者まで仲介してCDショップに並んでいた楽曲が、作者の手からダイレクトにネット販売業者の手に渡るようになり、間に入る業者が一掃されたに過ぎない訳だ。

    そして、音楽プレーヤーを持ち歩かなくてもスマホに何千曲も入る時代になっては、CDというメディアを必要としなくなるのは当然だろう。

    そんな単純なことに気づかず、ただネット憎し、違法アップロード許すまじと叫んでいた業界は衰退して当然である。

    話を元に戻してテレビ業界。

    ネットが業績低迷を引き起こしているのではなく、ネット時代について行けていない業界の古い体質そのものが問題であることを認識したほうが良いだろう。

    それはネットで番組を見られるようにするとか、ネット連動型のテレビ番組を制作するとか、そういう小手先の解決法では決してない。

    もう番組作りそのものが古く、見る側にとって何の魅力もなくなってしまったことを自覚すべきだ。

    良質なドラマ、良質な歌番組、良質なドキュメンタリーはまだテレビで放送すべきコンテンツだと思われるが、すでに解決したり、もうすでに発生している事件などを伝えるニュース番組はネットニュースを見ている人たちにとって何の価値もない。

    アメリカの CNNやイギリスの BBC、カタールのアルジャジーラのように、24時間ニュースを追い続け、今起きていることをリアルタイムに伝えるようなメディアでなければ生き残るのは難しいのではないだろうか。

    そもそも、今の時事にしても芸能ニュースにしても、ネットで話題になったり、芸能人がネットで発表したことを後追いで放送しているだけなので報道でも何でもない。

    それの原稿を書き、定時になって放送する時には多くの人がすでに知っているのでニュースでも何でもないではないか。

    今はまだネット難民と呼ばれる人が存在し、テレビやラジオのニュース、新聞でしか情報を得られないこともあるが、現在 40代以下の人たちは、ほぼ 100%がネットでの情報取得が可能だと思われるため、あと2-30年も経たないうちに後追いのニュースは必要なくなるものと思われる。

    それまでに海外のように 24時間ニュースチャンネルを軌道に乗せておかなければ新聞社、テレビやラジオのニュース番組は壊滅状態になるのではないか。

    それ以外のテレビ番組も実につまらない物が多いのに加え、昔ながらの手法で視聴者を惹きつけようとするものだから見ていて鬱陶しくて仕方がない。

    よく使われるのが俗に言われる CMまたぎというやつだ。

    最近は報道番組もバラエティー化が進んでいるため、事件を伝えている途中、
    「犯人の心の闇に迫った」
    とか
    「はたして犯行の動機とは」
    などと盛り上げておいて CMに行く。

    そして、CDが明けると心の闇に迫るとか言っておきながら高校時代の知り合いに話しを聞いてみたり、小学校や中学校の卒業文集に犯人が書いていた内容を紹介する程度だったり、結局は犯行の動機など分かるはずもなく、近所に住む人が最近は少しイライラしていたみたいだという程度の情報でお茶を濁す。

    そんなことの繰り返しなので、CM前にどんなに話しを盛り上げてもバカバカしさしか伝わってこない。

    ましてネット世代は解を求めて検索し、できるだけ早く答えにたどり着こうとする。

    そんな世代を相手に CMまたぎなどの手法で惹きつけようとするのは無理だろう。

    早く知りたいのに気を持たせるようなことをされては反感しか覚えない。

    スポーツニュースも同様で、そのスポーツに興味のあるネット世代であればすでに結果は知っている。

    それなのにサッカーであればシュートを放った瞬間、野球であればピッチャーが投げた瞬間、またはバッターが打った瞬間に
    「結果はどうなるーーっ!」
    と CMに行かれても
    「アホかっ!」
    と思われるだけだろう。

    他のバラエティー番組でもそうだが、盛り上げに盛り上げておいて CMまたぎという手法は今の世代には通用しないし、逆効果だということに早く気づいたほうが良い。

    パソコン、スマホを駆使する世代は途中経過など無視してでも早く結論にたどり着きたいのである。

    そういうことを理解した上で、どのような番組作りをすべきか検討すべきだと進言しておくことにしようと思う。

  • デジタル化の波 Signal-18

    デジタル化の波 ~目次~

    以前に何度もデジタル化に関して書いているが、やはり映像、音楽のデジタル化に関しては世の中を劇的に変えたインパクトを持つものと思われる。

    このブログや無数にあるWebページ、Facebook や Twitter など文字のデジタル化によって変わったことも多く、メディアのあり方までも大きく変えようとしているが、文字が発明され、石に刻まれることによって後世に歴史を継承できるようになり、それが紙に書かれるようになって印刷できるようになったことから書物として保存され、活字が生まれて書物の数が増え、ワープロの登場によって文字が電子化されて磁気テープ、フロッピーディスク、ハードドライブ、USBメモリー、クラウドサービスと保管場所が莫大な容量を持つところに置き換わったように、それは太古の昔から脈々と受け継がれる文字文化の変遷の一部でしかない。

    しかし、音楽・音声や映像のデジタル化は、世に初めて蓄音機が登場した時のような、初めてラジオが登場して遠く離れたところで話している声が送り届けられた時のような、そして何より初めてテレビが発明されたときと似たインパクトを持つ。

    古代文明から伝わる文字の歴史と比較すると音声が電波に乗ったのは 1900年、デジタル化され CDになったのは 1982年と、まだ 100年程度の歴史しかない。

    それが映像となれば動画を電波で送受信できるようになったのは 1926年、動画のデジタル化に成功したのは 1983年と、また 80年程度のことだ。

    文字が何千年もかけて進化してきたのと比較すると 1/10、1/100というごく短期間で劇的に進化しているが、人間というのは慣れるのが早いもので、今ではそれが当たり前のことになって誰もその恩恵をありがたいと思ってはいない。

    少し前のことになるが、『<a href=”https://my-room.flexpromotion.net/1_nikki/”>お買い物日記</a>』 担当者が ATMの順番待ちをしている際、小さな子どもを連れた母親が前に並んでおり、待ち時間が長くなってきたものだから退屈した子どもがグズりだしたらしいのだが、母親はバッグからスマホを取り出し、ササッと操作してアニメを再生すると子どもは大人しくなって画面に見入っていたという。

    これが映像のデジタル化の恩恵でなければ何だというのか。

    帰省ラッシュで渋滞する車の中でもそうである。

    以前までなら退屈してグズる子どもの気を紛らわせる手段はなく、疲れて眠ってしまうのを待つしかなかっただろう。

    ところが今は DVD、BD のようなコンパクトなメディアで持ち運べるため子供向け番組やアニメを流しておけば良い。

    病院で診察の順番待ちをしている時、外食時に席が空くのを待っている時、子どもが騒ぎ出せばスマホでアニメを見せていれば大人しくなる。

    親にとってこれほど便利なものはない。

    いや、親だけでないだろう。

    マージャンばかりやっていた若かりし頃、最低でも 2時間、長ければ丸一日と長丁場になる中で困っていたのは BGMだ。

    以前はアルバムCDを聴くか、カセットテープに録音したものをリピート再生するしかなかったが、いくら好きなアーティストの曲であっても2周、3周すると飽きてしまう。

    長距離ドライブの際も同様で、車で聴くものと言えば CDかカセットテープしかなく、同じ曲ばかり聴いて飽きると交換するということを繰り返した。

    しかし、それでも数には限りがあり、結局は耳にタコができるほど同じ曲を何度も何度も聞く羽目になったものである。

    ところが今は何千、何万という曲を小さなメモリーに保存しておき、それをランダムに再生することができる。

    それどころか月額数百円という低料金で 1000万曲でも聴き放題とうサービスまで登場し、1曲約 4分と仮定してもすべて聞くまで 27,000日、76年もかかるという恐ろしい時代になった。

    こんなシステムが以前からあれば、マージャンやドライブがより楽しかったことだろう。

    それが当たり前となった今を思い、ピコピコいうビープ音しが出せず、8色しか使えない画像を画面いっぱいにに表示するまで 5秒ほど必要だったパソコン創世記を思い出し、時代の進歩、テクノロジーの進化というのは凄いものだと感慨にふけっている骨董品の自分がここにいる。

  • デジタル化の波 Signal-17

    デジタル化の波 ~目次~

    文字のデジタル化、音楽のデジタル化、映像のデジタル化と時代は進んでいる。

    文字は扱いが簡単で保存容量も大きくないので、コンピューターの登場とともにワープロ、パソコンで文字を入力し、フロッピーディスクと呼ばれる最大で 1メガバイトほどの記録媒体への保存が可能になり、普通の通話と同じ電話回線を利用して通信することで遠隔地への送信も可能になった。

    手書き文書と違って編集も簡単で、誤字脱字などあれば簡単に修正することができるし、それをパソコンでレイアウトして印刷することも可能なので出版業界は革命的に仕事が楽に、そして速くなり、新聞、雑誌の締め切り時間も印刷ぎりぎりまで延ばせるようになったのである。

    次にデジタル化が進んだのは音楽で、1980年を境にアナログのレコードからデジタルの CDへと、わずか数年という短い期間で一気に置き換わった。

    アナログのほうが音質が良いのは確かなのだがレコードは取り扱いが面倒で、少しの傷やホコリで雑音が混じり、深い傷になれば同じ箇所が無限に再生されたり音飛びが生じたりしたし、レコードの樹脂は高温になる場所、例えば自動車内に置いておくと熱で柔らかくなって変形したりしたものだ。

    ところが CDは一定程度までの熱にも強く変形しにくいし、多少の傷や汚れがあっても、例えカッターで表面を切ったとしても問題なく再生できるという利便性、耐久性に優れており、そもそも CD(コンパクト・ディスク)というだけあって小さいので保管も容易になった。

    そして、何よりデジタル化されたことによって容量の圧縮も可能になり、小さな機器に何千、何万という曲を録音することが可能になったので自動車内からあふれていたカセットテープが消え、ウォークマン世代も荷物を減らすことができるようになったことからも音楽のデジタル化が一気に進んだのも不思議ではない。

    次にデジタル化が進んだのは映像だが、データ容量が大きいため最初は静止画、つまり写真が先にアナログからデジタルへと移行した。

    それによって新聞、雑誌社がどれだけ便利になったかは以前に書いたので割愛するが、その恩恵は一般の我々も享受できている。

    昔の修学旅行、社員旅行などで撮られた写真は、数日後に簡易的なアルバムに番号入りで回されて来たもので、ほしい番号を胴元というか、その写真を管理する側に知らせ、受け取った管理者はそれぞれの必要枚数を写真屋さんで焼き増した上で希望者に配って歩き、後に代金を回収したものだ。

    ところが今となってはそんな手間は必要なく、ネット上に写真を掲載しておけば写真がほしい人は勝手にデータをダウンロードするなり印刷するなりすれば事は足りる時代になった。

    回線の高速化、データ圧縮技術の高度化によって動画すらインターネットを使って送受信可能となったことで、今まで見たこともないような映像を見られるようになったのはここ数年のことだ。

    ロシアの上空を通過する隕石その直後の衝撃波のすさまじさあの東日本大震災の津波の恐ろしさ台湾の飛行機事故などなど、報道カメラではない一般市民の撮影によるスクープとでも呼べるような映像が世の中にあふれている。

    それもこれも映像のデジタル化によって撮影が容易になり、データ圧縮技術、メモリーの大容量化によって保存が可能になり、ネット回線の高速化とインターネット網の発達によって配信が可能になったことで全世界で映像を共有化できるようになった訳だ。

    とても便利な世の中になったと思うが、同時にマイナスの影響も出始めている。

    最近話題になったのは川崎中一殺害事件で逮捕された 18歳の主犯とされる少年、17歳の少年の顔写真、氏名、住所までがネット上で公開された件だ。

    この狂った世の中において、最近では残忍な事件が発生しても客観視していたり、あくまでも他人事として受け止めることが圧倒的に多くなっていたが、これはなぜかニュースを見ていても極端な嫌悪感、そして怒りを覚える事件だった。

    容疑者が未成年であろうと更生の道などという甘いことを言わずに実刑をくらわせるべきだと怒りに震えながら思ったりしていたが、だからと言ってネット上にプライバシーを公開するのはいかがなものか。

    一応はコンピューター業界に身を置いているので早くから騒ぎになっていることも、ありとあらゆる情報が公開されていることも知っていたが、そういうたぐいの情報には興味が無いので少年の顔写真も、その他の情報も一切見ていない。

    以前にも 『酒鬼薔薇事件』、『光市母子殺害事件』 など、大きな事件がある毎にネット上には事件を起こした少年(当時)の素顔や住所等が公開された。

    彼らが本当に精神的に未発達で、教育や訓練によって更生できるのであれば、このネット社会でその後の人生を歩むのは極めて困難と言わざるをえない。

    どんなに引っ越しても誰かに気づかれて、今の容姿を撮影され、住所などを公開されたら就職したり生活するのは難しいだろう。

    そして、ネットの怖い点は、一度流出した情報は消すことができず、いつまでも拡散し続けることにあり、公開された側は二度と元の生活に戻ることはできないことにある。

    どんなに法規制、罰則が厳しくなろうと止めることはできない。

    高度に発達した便利な社会、その道具は使う側の良識をも試しているようだ。

  • デジタル化の波 Signal-16

    デジタル化の波 ~目次~

    以前は一方的に提供される情報を手に入れる手段として使われていたインターネットも、最近では子供から大人まで様々な情報を発信し、その情報を共有し、それを評価することも可能だ。

    発売された商品が良いものなのか買う必要のないものなのか、その使い勝手、食べ物であれば美味しさや好き嫌いまで主観的意見を発表できるし、購入検討の際にはその評価を参考にすることができる。

    飲食店もネットによってあっという間に評判が伝わるので一気に行列のできる人気店にもなれるし、接客態度が悪かったり味がイマイチだったりすると一気に閑古鳥が鳴く状態に陥ってしまう危険性を伴う。

    スマホやパソコンを持つ人が店に行く前、何かを買う前にネットで下調べする割合は 70%以上に達しているので商品を作る側、サービスを提供する側も大変だ。

    情報をコントロールして良い評価を得ようとする場合、やり方を間違えると逆に猛反発をくらい、それが致命傷となって商品がまったく売れなかったり店であれば閉店に追い込まれるケースも少なくない。

    つまりは消費者にとって便利、お値ごろ、美味しいものを作り、店であれば客が満足するサービスを納得いく価格で提供するという王道といえる基本的なことを順守すれば良いということになり、そんなことは当たり前ではないかという気がしないでもないが、最近は些細な事でヒステリックに騒いだり過剰反応するアホも多いので生産者、出店者も神経がすり減る思いをしていることだろう。

    店員の接客態度が気に入らないからと言って店長や経営者に土下座させたり、必要以上に罵倒したりするところを動画や写真撮影してネットで公開する大馬鹿者までいる世の中では、お客様は神様ではなくお客さまはモンスターだと思えてしまうに違いない。

    近年になって多発している大雨や竜巻による被害も、多くの人が高性能な携帯電話やスマートフォンを持ち歩くようになり、その状況を簡単に撮影してネットで公開できるようになったため、ものすごい臨場感で現場の様子が伝わってくる。

    昔の人が怯えたように本当に龍のように見える竜巻が地上のものを破壊し、飲み込みながら目前に迫ってくる映像など偶然にその場に居合せた人しか見られない光景であり、それを多くの人と共有できることなど以前までは不可能だった。

    数年前、巨大な隕石がロシアに落下したときも、まばゆい光を放ち、尾を引きながら上空を通過し、その直後に建物が激しく揺れて窓ガラスが飛散するほどの衝撃波に襲われるシーンも、それが前触れなく起こることである以上はカメラマンによる報道写真やニュース映像として記録することは困難だ。

    しかし、今は簡単に動画が撮れるのでそれが世界中に配信される。

    東日本大震災の津波、つい最近の御嶽山の噴火なども、少し前なら見ることができなかった映像だし、最近になって急速に普及し始めているドライブレコーダーによる事故映像も同様である。

    デジタル技術の進歩で撮影機器が高性能化、小型化され、記録媒体も大容量化が進んだことで、以前までであれば大きなレンズの大きなカメラで大きなカセットテープを駆動させる大型の電池を必要としたものが手のひらに乗ってしまうほどになった。

    そして、現像も必要なくデジタルデータを簡単にアップロードして全世界に発信できるようになった今、これからも世の中で起こる様々な場面が切り取られて世界中の人に見られるのだろう。

    昔、友達や彼氏、彼女との連絡手段は手紙か電話しかなかったので、それはそれは極秘に事を進めるのに苦労を重ねたものであるが、今はパソコンやスマホがあるので親に知られることなく連絡が可能だ。

    好きな時間に好きな場所で、いつでもどこでも連絡可能になったことで、待ち合わせ時間や待ち合わせ場所の確認も容易だし道に迷うこともない。

    昔であれば待ち合わせ場所に待ち人が来ない場合、ただひたすら待ち続けるか腹を立ててその場を去るしか方法がなかった。

    待つ場合でも、その場を離れたときに相手が来たらこまるので公衆電話まで行って連絡することも難しく、近くに電話があった場合でも相手がすでに家を出たあとでは連絡のしようがない。

    約束を忘れたのだろうか、寝坊したのだろうか、もう家を出ただろうか、電車が遅れているのだろうか、そもそも約束は今日だったのだろうかなど、様々な思いが頭の中で渦巻き、不安にかられながらもただ待ち続けるしかなかったのである。

    今は電波の届く場所にさえいれば簡単に連絡できるので相手の現状が分かるし、あとどれくらい待てば良いのかも分かるので、じっと待っている必要はなく、スマホにはヒマを潰せるアプリが山ほどあるので待つこともさして苦にならないだろう。

    とても便利になった反面、ネットいじめのような過去にはなかった問題も多いのは副作用として致し方のないことなのか。

    少し前はメール、今はLINEなどですぐに返信しなければならないという強迫観念。

    少しでも仲間の機嫌を損ねたら完全に無視されてしまう怖さ。

    以前は友達づくりが苦手な人、コミュニケーション能力の低い人でもネットの世界に逃げこむことができたが、今はその世界でさえ疎外されてしまう時代になった。

    いったいいつからこんなことになってしまったのだろう。

    こんなことで、今の子供達はまともに人間形成されるだろうか。

    こんなことが続いた 10年後、50年、100年後の日本は、世界はどんな人間関係でどんな社会が築かれているのだろう。

    将来も不安ではあるが、誰かを傷つけないように、誰かに傷つけられないように、嫌われないように、周りから無視されないように、神経質なまでに気を遣って生きなければいけない現代の子供の心を思うと、あまりにも切なくて胸が痛くなってしまう。

  • デジタル化の波 Signal-15

    デジタル化の波 ~目次~

    21日の独り言に書いたブルーレイ・レコーダーは24日に届いた。

    2008年 8月 9日に購入した DVD/HDDレコーダー、2010年 11月 12日に液晶テレビとともに届いた BDレコーダーに続く、我が家にとっては 3台目のデジタル録画機器である。

    前回の購入から約 4年の時を経て、デジタル技術は大きく進化していた。

    まず単純に動作が軽快だ。

    4年前の製品とは比較にならないほど各種機能の操作画面、テレビ番組表の表示、スクロールが速く、ストレス無しに操作することができる。

    そして驚くべきはネット接続によって広がる利便性だ。

    まずは BDレコーダー本体をネット接続する必要があるが、今回購入したものは標準で Wi-Fi機能を有しているため、機械まかせにすれば自動的に無線 LANの電波を認識してくれる。

    その無線を使うためのパスワードなどは入力する必要があるが、逆に言えばそのパスワードさえ入力してやれば苦労することなくネット接続することができるという訳だ。

    ネットにさえ繋がってしまえばレンタルビデオ配信のサービス、すっかり定着した動画配信サービスの YouTube、定額で映画やドラマ、アニメが見放題の huluなどなど、様々なサービスを利用することができる。

    ただし、技術の進歩はそれだけに留まらず、スマホやタブレットを使えばさらに利便性が向上し、今までは考えられなかったことまでできるようになっていた。

    まずはスマホ、タブレットをリモコン替わりにすることができる。

    電源の ON/OFFはもちろん、チャンネルの切替、録画、再生など、付属のリモコンでできる基本的な操作が可能なので、リモコンの電池が切れたり壊れたりした時に代用が可能だ。

    次に機器をネット経由で遠隔操作することができる。

    録画予約も可能なので、予定より帰宅時間が遅れてしまう場合、出張や旅行が長引いてしまった場合など、日本、いや、世界のどこにいてもスマホやタブレットなどの携帯端末、手元のパソコンから録画予約することができるので、いつもの番組を見逃してしまうこともなくなるだろう。

    また、その録画も実に簡単で、画面には YAHOO!などでお馴染みのフォーマットでテレビ番組表が表示され、各番組欄に [ 録画予約 ] ボタンがあるので、見たい番組のボタンをクリック (タップ) するだけだ。

    もちろんドラマ、スポーツ、ニュースなどジャンル別で番組を探すこともできるしキーワード検索することも可能なので、もしかすると付属のリモコンで予約するより簡単かもしれない。

    予約済みの一覧も見ることができ、不要な予約を取り消したりすることもできるので、どんな場所にいても自宅の実機の前で操作しているのと何ら変わらぬことができる。

    さらにネットを利用して録画済みの番組を見ることもできる。

    自宅にある BDレコーダーの HDDに撮り溜めている番組の一覧を取得し、それを再生することができるので、通勤通学の電車内、旅行や出張の宿泊先で録画した番組を楽しむことができるのは、日本のネット環境が業者間の競争によって高速化された恩恵ではあるものの、やはり技術革新の賜物だろう。

    録画したものを時間と場所を選ばず見ることができるということは、テレビ各局が有料で展開しているビデオ・オン・デマンドを利用する必要がないということだ。

    見たい番組はとりあえず録画しておけば、どこにいても、何時であっても手元の携帯端末やパソコンでみることができるのだから有料のサービスを利用する必要がない。

    そして、ネットを利用すれば放送中のテレビも見ることができる。

    ワンセグ放送を受信すればテレビを見られるが、それとは比較にならないほどの高画質で視聴できるのが魅力ではあるものの、そもそも録画機器を利用してオンタイムでテレビを見る必要があるのか疑問が残るが。

    そんなこんなでデジタル機器は驚くべき進化を遂げているが、上述したことをすべて実現しようとすると機器のネット接続だけではなく、各携帯端末にアプリをインストールする必要があったり、遠隔操作が可能になる手続きを踏みつつ Webサイトに会員登録したりしなければならないので、誰もが容易に使えるシステムにはなっていない。

    デジタル機器、ネットに詳しい電気屋さんに設置から各種セットアップまで任せられるなら良いが、家電量販店で買ってきたり通販で購入したりした場合はすべて自力でやらなくてはならないので知識がないと大変だろう。

    これらすべての煩雑な設定をせずとも簡単に様々な機能を使えるようになれば、世の中はもっと便利になり、もっと可能性が広がることだろう。

  • デジタル化の波 Signal-14

    デジタル化の波 ~目次~

    写真や動画のデジタル化は社会を大きく変えた。

    ネット環境が急速に整い、大容量なデータを高速に転送できるようになったことも大きな要因だが、その技術革新によって世の中はずいぶん便利になったものだ。

    どこでも手軽に、そして簡単に画像を撮影し、電波さえ届いていればどんな場所からでも、そして国内はおろか地球の裏側にさえ短時間でデータを送信できる。

    その画像にデジタルな文章を添えれば記事の出来上がりとなるのだから新聞社などは劇的に仕事が楽になったことだろう。

    昔、映画の配給会社などは文字通り 16ミリや 35ミリフィルムを物理的に配給していたが、今となってはデジタルデータを転送すれば良いのでマスターフィルムから転写する必要もなければ何日もかけて輸送する必要もない。

    そして、海外の作品に刻む字幕もデジタル処理できるので以前のようにカリカリと手作業する必要がなくなり、職人さんは仕事を失ってしまっただろうが作業時間は劇的に短くなっただろう。

    そもそも動画自体をコンピュータ・グラフィックス(CG)で作成できるため、どんな危険なシーンでも作り出すことがきるのでスタントマンの仕事も激減したのではないだろうか。

    どんな生き物だろうと、どんな乗り物だろうと、どんな風景だろうと CGで作成できるので最近の映画は昔では考えられなかった演出や映像を楽しむことができるのだが、技術の進歩に反比例するように映画がつまらなくなっているような気がする。

    人の手によって物理的に作られた物の質感とか温かみなどは CGで表現することができず、映画に血が通っていないように感じてしまうのだろうか。

    昔の修学旅行、社員旅行では数日後に撮られた写真が回されて来たもので、ほしい写真に自分の名前を書いたり印鑑を押したりしていた。

    胴元というか、その写真を管理する側は記された名を数えて必要数を写真屋さんで焼き増し、希望者ごとに必要な写真を振り分けた上で配り、後に代金を回収したものである。

    今となってはそんな手間は必要なく、ネット上に写真を掲載しておけば写真がほしい人は勝手にデータをダウンロードするなり印刷するなりすれば事は足りる時代になった。

    それはそれで便利この上ないのだが、人間関係が希薄化してしまうようで少し寂しい気もしないではない。

    デジタル技術は社会や時代を変え、とても便利になっていくし、自分もその業界の片隅にいたりするのではあるが、どこかに不安やさみしさを感じてしまうのはなぜだろう。

    きっと時代の流れ、技術の進歩があまりにも早く、感覚的について行けない年齢になりつつあるのも一因であると自覚はしているのだが・・・。

  • デジタル化の波 Signal-13

    デジタル化の波 ~目次~

    国民総背番号制、いわゆる共通番号(マイナンバー)法案を問題視する人は相変わらず多く、個人情報がだだ漏れだの何だのと騒いでいるが、そんな法案が通ろうが廃案になろうが大きな問題ではない。

    現代社会においては、すでにプライバシーなどというものはなく、常に誰かに監視、管理されている現実をもっと知るべきで、そこから逃れられない以上はマイナンバーによって利便性が高まることを優先し、個人情報など諦めて受け入れるべきだと思う。

    もちろんそれぞれの情報はセキュリティで守られているが、SONYやマイクロソフト、YAHOO!、Gooleなどの大手 IT企業や、アメリカ国防省などの機関ですらセキュリティを破られてサーバーへの侵入を許してしまうのだから、完全、完璧に安心できる情報管理など存在しない。

    今、この瞬間も情報は流出しているが、多くの企業や組織はそれを認識していないだけのことだと思われる。

    情報は流出してしまうものであるという前提に立つならば、すでに個人情報やプライバシーに意味はなく、すべてさらけ出してしまっていると思ったほうが良い。

    例えば運転免許証やパスポート、社員証など顔写真付きの身分を証明できるものはすでにコンピュータで管理されているので、正確な住所や生年月日などの情報が得られる。

    また、クレジットカードや銀行口座、キャッシュカード、普及が進んでいる電子マネーは偽名で取得するのは困難なので、そこにも正確な住所が登録されているのは間違いない。

    それらの情報をハッキングできたら、どこの誰が何月何日に何を買ったか容易に検索可能になるばかりか、年単位で食材や食品の購入履歴を抽出すれば、食生活まで把握できることになる。

    そこから健康状態や将来の発病リスクまで予想可能なので、予防のアドバイス、食生活改善の提案もできるし、発病のリスクによって保険の掛け金を変動させることだってできるだろう。

    書籍や音楽、レジャー、娯楽用品の履歴から趣味嗜好を知られ、山のようなダイレクトメールが送られてきたり、ネットではそれ関連の広告ばかりが表示されるという事態になるかも知れない。

    原則本名の Facebookは別として、ほとんどのサービスが匿名であることからブログや Twitter、2ちゃんねるに好き勝手なことを書き込んでいる人も多いだろうが、会社のパソコンを使うと上層部に筒抜けになっていることも多いので注意が必要だ。

    現在、大企業の 70%以上、中小も含めた全体でも約 57%がパソコンの使用状況をモニタリング(監視)しており、その監視システムの性能は向上の一途をたどっているので誰が何をしたか、どんなサイトを閲覧したのかまで把握されてしまっている。

    そのパソコンでは何月何日の何時何分に USBメモリーが接続され、どのファイルがコピーされたのか、いつどんなファイルが印刷されたのか、そのパソコンでどんな e-mailが送受信されたのか、ネットでどんなサイトをどれだけの時間閲覧していたのかなど、ありとあらゆる情報が監視され、数カ月、年単位で履歴が保存されていることも少なくない。

    もちろん名目は企業の情報流出を避けるための監視だが、私用メール、ブログ、Twitterへの投稿などによるパソコンの私用の度が過ぎると人事評価に影響を及ぼしたりリストラの対象となる事例も出始めているのは確かだ。

    個人宅のパソコンだって盤石ではなく、ネットの世界に入るためには必ずプロバイダが必要になり、そこにはネットの接続履歴が年単位というレベルで保存されている。

    それを解析すれば年月日、時間、接続先、送受信したファイルから文字情報まで得ることができるので、匿名も何もあったものではない。

    企業の監視データと社員名簿、プロバイダの接続履歴と契約者情報をハッキングし、上述したデータと合わせれば、さらに個人の情報はガラス張りのようになる。

    そして、犯罪者の検挙にも大きな役割を果たしはじめた防犯カメラ。

    都会であれば、家を一歩出た瞬間から目的地に到着するまでに最低でも数十、都心であれば数百から千の単位のカメラに撮影されることになるはずだ。

    これからも増える一方で減ることはないであろう、この監視システムも犯罪抑止だけではなくプライバシーを十分に侵害してくれる可能性がある。

    前述の運転免許証、パスポートなどは顔写真とともにデータ化されているので、現在では 90%以上の認識率になった顔認証システムと組み合わせれば、外出先での行動がすべて見られているのと同じだ。

    マンションの出入り口、駐車場、地下歩道、店先、商店街、ATM、自動販売機、店内、駅構内などはおろか、最近では個人宅にも防犯カメラが設置されていることがあるので、どれにも映らずに行動することは不可能だろう。

    氏名年齢、生年月日、現住所の基本情報のみならず、すべての行動、趣味嗜好、食生活まで知られ、e-mailやブログ、Twitterへの書き込みや携帯電話でのやり取りから思考パターンや思想まで解析され、誰が誰を好きで誰が嫌いか、殺意まで抱いている相手はいないのか、それを実行に移すほどの危険人物か。

    そして、狙われているのは誰なのか・・・。

    膨大な情報の処理能力がある巨大システムがリアルタイムに解析し、その人物を特定して犯罪、犯行を未然に防ぐ。

    そんな内容の海外ドラマが 『PERSON of INTEREST 犯罪予知ユニット』 だ。

    このドラマを SFだとみるか、明日にも実現可能な技術とみるか。

    繰り返しになるが、各情報はセキュリティで守られているので簡単にはハッキングできず、今が情報流出、個人監視の危機にさらされている訳ではない。

    ただし、ハッキングは簡単ではないものの、難しくないのが困りものだが・・・。

  • デジタル化の波 Signal-12

    デジタル化の波 ~目次~

    デジタルデバイドとはパソコンやインターネットなどの情報技術を使いこなせる人と使いこなせない人の間に生じる待遇や貧富、機会の格差のことで、情報格差とも言われる。

    現在は就職活動もデジタルが中心で、ネットが使えなければ採用情報すら得ることができず、企業の情報や評判、仕事内容や職場の雰囲気も計り知ることができない時代になっており、新卒はもちろん転職を希望する人にもパソコンやネットに関する一定の知識が求められる。

    最近ではテレビやラジオのプレゼントもネット経由での募集が多くなり、以前のようにハガキでの応募は皆無に近くなってきた。

    募集する側も何千通、何万通というハガキが送られてくると、個人情報の保護が厳しく求められる昨今では管理するのも廃棄するのも手間がかかるので、一瞬にして削除可能なデジタルデータが便利だろう。

    おまけにクイズに回答して応募するような形式であれば、クセ字、悪筆、乱筆または達筆すぎて解読困難な文字と格闘する必要がなく、答えの当たり外れも容易に分類可能なデジタルデータが好まれるのは当然のことだ。

    したがって、これから先もデジタルが中心となってハガキで応募するようなアナログな方法はなくなっていくだろうから、デジタル機器やネットを使えなくては参加資格がないのも同然ということになる。

    デジタルテレビの双方向機能を使ってクイズに参加したりプレゼントに応募する番組も少しずつ増えているが、我が母のように新しい機能になど一切の興味がなく単なるテレビとしてしか使っていない人には無縁のこととなってしまう。

    ネットを利用して通販で買い物をできる人であれば、どんなに辺ぴな僻地に住んでいようとも欲しい物を手に入れることができるが、それができない人がどうしても欲しい物を手に入れたければ相当な労力と資金を使い、遠くまで行って買い求めなければならない。

    もっと身近な話題で言えば、大型店の多くが導入しているポイント制や電子マネーを利用するのもデジタル化の流れに乗らなければ特典を得るのが難しくなっている。

    例えばイオングループのデジタルスタンプ、『イオンかざすサービス』 は携帯電話やスマートフォンでネットを利用し、おさいふケータイや電子マネーに関する多少の知識がなければ利用不可能なサービスだ。

    このサービスは毎週異なる商品の割引サービスを受けられたり、集めたスタンプを電子マネーであるWAONポイントに交換できたりする。

    ただでさえ電子マネーを使うとポイントがたまるのに、スタンプまでポイントに交換でき、対象商品は割安に購入できるという倹約家にとって嬉しい限りのサービスなのだが、それもこれも利用できるのは電子機器を使い、ネット接続してアプリをダウンロードできる人でなければならない。

    実に小さなことではあるが、これも立派なデジタルデバイドであり、待遇や機会の格差が生じていることになる。

    今は新聞折込チラシではなく、お得な情報をネット配信している店も増えているので、それを閲覧できなければ、いつ、どこで、どのようなセールが行われているのか、何がお買い得なのかという情報すら手に入れることができなくなってきている。

    時代はますます進み、変革し、使える人と使えない人の情報格差はこれからも広がっていく一方だと思われる。

    年齢とともに新しいものに対する食いつきは悪くなっているものの、まだ少しずつでも新しいものに慣れていっている我が家は、何とか時代に取り残されずについて行けているが、それをいつまで続けられるかに関してはあまり自信がないかも知れない。

  • デジタル化の波 Signal-11

    デジタル化の波 ~目次~

    携帯電話やプレーヤーにダウンロードして音楽を楽しむようになったのは最近のことだ。

    ドンと花火が上がって実際に普及するまで 5年ほどかかるのが世の常。

    Apple社の iPad、amazonの Kindle、その他タブレット型端末の普及によって電子書籍に注目が集まっているが、普及が進んで一般化するには同じように5年ほどの歳月を要するだろう。

    しかし、その流れは確実なものであろうから、音楽業界で起こっていることと同じようなことが 5年遅れで出版業界にも起こり得る。

    紙媒体はなくならないと言う業界人は多い。

    確かにそれは的を得ており、音楽業界と同じ道はたどらないだろう。

    第一に文章を快適に読むためには一定以上の大きさを必要とするため端末は携帯性に乏しく、それを万人が持ち歩くかという疑問が残る。

    音楽の良いところ、業界にとって不幸だったのはプレーヤーが劇的に小型化されて持ち運びに不便を感じないところであり、今や誰しもが持ち歩く携帯電話への組み込みも容易だ。

    ところが現在普及期に入ったスマートフォンでさえ、画面の制約から電子書籍を閲覧するのには不向きで、電子書籍を見るための端末は別に持たなければならない。

    逆にタブレット端末に音楽再生、通話機能、カメラ機能を組み込んだとしても、それは極端に使い難くいものになってしまうだろう。

    音楽を聞くのを主目的に持ち歩くには大きすぎるし、あんなに大きな物をかざして写真撮影をするのも間が抜けている。

    あんなものを耳に当てて通話するのは不恰好なので、いちいちイヤホンやヘッドホンをしなければならないものと思われる。

    つまり、電子書籍端末と電話や音楽プレーヤーを一体化するのは難しいということで、さらには持ち運びが容易ではないという点を考え合わせれば、省電力化と軽量化、折りたたみが可能な有機ELの低価格化が進むまで普及期には移行しないのではないだろうか。

    しかし、やはり確実に電子化は進むはずなので、出版業界、書店のありかたは今から音楽業界を手本に準備を進めておいたほうが良いだろう。

    音楽に続いて映像は完全にデジタル化が進んでいる。

    日本のテレビ放送は震災による影響を考慮した一部地域を除いてデジタルに移行した。

    デジアナ変換器を利用している人もいるだろうが、多くの家庭ではデジタルテレビを購入したものと思われる。

    我が家も家電エコポイント制度の終了間際に慌ててデジタルテレビを買ったが、最近になってやっと使いこなせるようになってきた。

    当初から天気予報を表示してみたり、番組情報を閲覧したりしていたが、今は LANケーブルを接続して家庭内ネットワークに組み込み、テレビのリモコンを操作してインターネットに接続したりして楽しんでいる。

    とても便利に使っているのはパソコンに保存してある音楽の再生だ。

    CSテレビの音楽番組の音だけ聞いていることも多いが、たまには好きな曲を聴きたくなり、そんな時はテレビを操作してネットワーク接続しているパソコンに保存してある音楽を再生し、サラウンド対応のスピーカーから音を出して画面だけ消す。

    お買い物日記』 担当者と二人で聴くために自分のパソコンから音を出したのでは音が大きすぎるが、そうすればパソコンのスピーカーから音を出すより高音質であるし、部屋中に音が広がる。

    インターネットに接続すれば、オンデマンドでいつでも好きな時間に映画が見られるのも便利だが、レンタルビデオ店より高価格なので利用はしていないし、CSテレビで海外ドラマを見たり映画もたっぷり録画してあるので我が家ではあまり必要性を感じていない。

    そして今、スマホを手にしてしまったものだから、天気予報も番組情報も最新ニュースもすべて手元で見られるようになったのでテレビの情報表示は使わなくなってしまった。

    家の中で使う際は Wi-Fi経由で光回線を利用するため、圧倒的にスマホのほうが表示速度が速いのである。

    つまりテレビは単なるテレビと化してしまい、たまに音楽再生機として使われる程度のものに成り下がってしまっているのだが、それが本来の姿なので元のさやに収まったというだけのことか。