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  • 歯医者七軒目

    過去に通った歯医者

    2014年末に爺ちゃん先生の歯科医院が翌年 3月末で終わることを知り、それからというもの様々な情報を集めまくったが、なかなか次に通うべき歯医者さんを決めかねているうちに鬼のような早さで時は過ぎ、あっという間に半年が経過してしまった。

    我が家は半年に一度のペースで歯の検査をしてもらっているので、そろそろどこかに決めて診てもらわなければと焦りつつも、母親の体調が思わしくないため6月は帰省したり少し仕事が立て込んでいたりしたので時間に余裕がなく、7月になってからやっと重い腰を上げて近所の歯医者さんに行くことにしたのである。

    その歯医者さんの選定理由は単に家から近いということのみ。

    爺ちゃん先生の歯医者さんは家から徒歩2分くらいで、今回の歯医者さんは3分程度の距離だ。

    この半年間、色々とリサーチしまくったが結果的に評価は分かれており、どこの歯医者さんの評判が一番ということがなかったので、それならば治療に通うことを考慮した場合は最も近いところが便利であろうという結論に至ったのである。

    7月9日に初めて訪れた歯医者さんの第一印象は悪くない。

    先生は人当たりもよく、口の中の状態、これからする作業は何のためにどういうことをするのかなどを丁寧に説明してくれるし、爺ちゃん先生からも言われていた小さな虫歯もすぐには治療しないと申し出たところ気分を害することもなく快諾してくれた。

    もう20年以上前に思い出しただけも腹が立つ歯医者で治療してもらった奥歯、そのかぶせ物が経年劣化でグラついてきているらしいが、それも今すぐではなく限界が来たら作り直してもらうという自分からの意見を尊重してくれる。

    これは悪くはないと思ったので、初日だけでは歯石除去が終わらなかったのもレントゲン撮影、歯周病検査が終わってからの作業で時間がなかったからだろうと単純に解釈した。

    お買い物日記』 担当者も治療を終えて診察室から出てきたので支払いをして帰ろうと思ったが、なかなか受付で名前を呼んでくれない。

    その受付というのがかなり年季の入ったご婦人で、予約した時は家族の中で最長老のお婆さんが電話に出たのに違いないと 『お買い物日記』 担当者と話していた人だろうと思われるのだが、このデジタルな世の中にあって今でもソロバンを使っているという希少な人物だ。

    受付カウンターの奥からは、何度も何度もソロバンをジャーっとリセットする音と、パチパチと計算する音が聞こえるが、一向に名前を呼ばれる気配がない。

    それでも今の時代、デジタルな生活を送っている者にとってはスマホという強力な武器があるので、ネットサーフィンしたりゲームをしたりしながらいくらでも時間は潰せる。

    果たして何分待たされたか定かではないが、いよいよスマホの画面を見る目が疲れ始めたころになってやっと名前を呼ばれたので二人分の治療費を支払い、次回の予約をして帰宅した。

    家に戻ってから 『お買い物日記』 担当者と話し、それほど悪くはない歯医者さんが近所で見つかって良かったと安堵したのだが・・・。

    数日後に行った二度目の治療でも歯石除去が終わらず、三度目でも四度目でも終わらない。

    あと何回くらい通わねばならないのか医者に聞いたところ、
    「そうだなぁ~、あと2-3回かな」
    などと言うではないか。

    週に一度の治療が5回も6回も続けば1カ月が経過することになる。

    それではたまらないので
    「そんなに時間はないんですよ」
    と伝えると、
    「じゃあ何とか次で終わらせるか」
    ということになり、今回の歯医者通いは五回で終了となった。

    それまで治療費を支払っても明細どころか領収書もくれかなったが、一通りの治療が終わった段階で発行するシステムだったようで、例の老婆に近い受付の人がこれまでより数倍の時間をかけてパチパチとソロバンで計算して作成した内訳を含む領収書をくれたものの、それは何度も検算をして間違い部分に打ち消し線を引いただけのもので訂正印すら押されていない一般には領収書として通用しないものだった。

    初回の初診料、レントゲン、歯周病検査を含む金額がそれなりになるのは理解できるが、次の歯石除去が500円だったのにその次、またその次、最終日とどんどん費用が高額化したのはどういう訳か。

    そう言えば三度目以降は口内から出血している訳でもないのにチョコチョコっと歯茎に薬を塗っていたが、あの行為、あの薬だけで 1000円も加算されたのか。

    一口に1000円と言っても患者は三割負担なので、ざっくり3000円ということになる。

    ここに来てやはり大きな疑問が頭をもたげるようになった。

    果たしてこの歯医者さんを選択し、今後も通い続けるべきか。

    前の爺ちゃん先生が立派すぎるだけで普通の歯医者さんであれば歯石除去に何度も通うことになるということは義姉にも言われたが、どうにもこうにもスッキリしない。

    初回を除く歯石除去だけで支払った金額は4000円近い。

    爺ちゃん先生であれば一回で終わるので500円程度だ。

    単に我が家の財布事情だけを問題視している訳ではない。

    患者は三割負担なので今回の治療費は実質13000円ほどで、その金額が社会保険診療報酬支払基金に請求されることになる。

    それが二人分なので26000円。

    爺ちゃん先生であれば二人で3000円程度だろう。

    つまり、23000円も多く支払基金に請求されるということであり、社会保障費の増大が大きな負担となっている国庫を圧迫するということに他ならない。

    さらには治療前に待たされ、治療する時間があり、終わってからたっぷり時間をかけてパチパチとソロバンで治療費を算出するので一時間弱の時間を要する。

    それが一度では終わらず5回も6回も通うのであれば失う時間も大きいではないか。

    たかが歯石除去にそんなに時間も金もかけていられない。

    尊敬してやまない爺ちゃん先生が言っていた。

    「今は歯医者でもセカンド・オピニオンが必要な時代でな・・・」

    実は次に近い歯医者さんが徒歩4分くらいのところにある。

    次の検査である年末にはそちらに行ってみて、どちらが信頼できるか比較してみようかと思っているところだ。

  • 歯医者六軒目

    過去に通った歯医者

    「腕は確かだが先生が怖い。」
    「行くたびに先生に叱られる。」
    ・・・。

    とにかく評判を聞くと、十人が十人ともそう答える歯医者だった。

    そして、中には
    「もの凄く怖いから絶対に行きたくない」
    とまでいう人もいるくらいだ。

    しかし、前回の歯医者は懲りていたし、その歯医者は我が家から徒歩 3分程度ということもあり、
    「怖かろうと何だろうと命までは取られはしまい」
    と自分自身に言い聞かせ、思い切って予約を入れてみたのは前回と同様に差し歯が取れてしまったからである。

    電話で問い合わせると
    「いつでもいいですよ」
    との回答。

    前回の歯医者は妙に空いており、それは腕が悪いから患者が離れてしまった結果であろうと結論付けたので我が家も通うのを中止したのだが、こちらの歯医者も日時を指定されることなく、電話した当日の何時でも構わないというくらい空いているのは、あまり良くない事情があってのことではなかろうかと一抹の不安が胸をよぎる。

    それでも周りの人の 『怖いが腕は確か』 という評判を信じて行ってみた。

    確かに院内で待つ人もなく、すぐに治療台に案内される。

    そこに現れたのが後に我が家で 『爺ちゃん先生』 と呼ばれるようになる頭髪が白髪で薄い高齢の歯科医だった。

    実はこの先生、見かけより若いらしいのだが、ぱっと見は七十後半に見える老け顔に加え、多少は耳が遠くなっているのか声が大きく、行くたびに同じ話を何度も聞かされるという典型的な御老人といった感じの人なのである。

    しかし評判通りに腕は良く、新しく作ってもらった差し歯は一度の調整だけでピッタリと馴染み、それから 5年が経過する今となってもまったく問題がない。

    そして、これも評判通りに小言が多い。

    叱られるとか、怖いと言う人が多いが、実は患者のことを思っての小言や注意が主なので怒りっぽいとか短気とかいう訳ではなさそうだ。

    とにかく毎回のように言われるのが自分の歯をどこまで長持ちさせるかということで、若い頃と違って一定の年齢を過ぎたら硬いものをバリバリ食べてはいけないとか、何かをする際にも歯を食いしばってはいけないと言う。

    ひと通りの治療が終わると爺ちゃん先生が毎度この話を始める。

    何度も聞かされている話なので適当に相槌を打ちながらジワリジワリと出口に移動し、話の切れ間を狙って診察室から脱出するというのが基本パターンだ。

    何もなくても半年に一度の割で歯医者に通い、歯周病になっていないか、虫歯はないか診てもらい、歯石を除去して歯をクリーニングしてもらうということを 5年ほど続けていたが、爺ちゃん先生に言われて歯磨きに歯間ブラシや糸ようじも活用するようになってからは除去すべき歯石もつかなくなった。

    それでも半年に一度のペースで診てもらうと
    「よし、ちゃんと言うことを聞いてみがいているな」
    と褒められ、
    「歯石も汚れもないから帰ってよろしい」
    と言われ、受付の人には
    「今日は何もしていないので料金はいりません」
    と言われるようになった。

    独り言でも爺ちゃん先生のことには何度も触れたが、とにかく患者思いでビジネスライクなところがなく、普通なら治療するような歯も治療してくれない。

    お買い物日記』 担当者にも自分にも虫歯があり、黒く変色しているのだが
    「まだ大丈夫だな」
    などと言って放っておかれる。

    爺ちゃん先生のポリシーとしては、ごく小さな虫食いであっても治療するとなれば周りを大きく犠牲にせねばならず、場合によっては歯の 1/3とか半分を削ることになるが、せっかくの自分の歯を大きく削るのは忍びないので限界まで治療せず、丁寧に歯磨きをすることでなるべく長く自分の歯を使わせてあげたいということらしい。

    小さな虫歯であれば治療しない、歯周病や虫歯がないか診るだけなら金をとらない、とにかく患者のこと、長く自分の歯を使うことを第一に考えてくれる実に素晴らしい先生だ。

    できることであれば今後もずっと診てもらいたかったのだが・・・。

    その歯医者が今月末、つまりあと 3日で閉院になってしまうと知ったのは去年の 12月

    その時のショックたるや、どんな言葉でも言い尽くすことはできないような、小さな頃に道に迷ってしまった時のような、女高生がスマホを無くしてしまったような、とにかく路頭に迷うとはこのことだと思えるほどの大きさだった。

    それからというもの、となりの店、『お買い物日記』 担当者の友人・知人、我が家を担当してくれている生命保険のお姉ちゃんにまで歯医者情報を聞きまくっているが、なかなか 『これはっ!』 と思う情報を得ていない。

    というのもヒマそうに見えて実は多くの患者さんを持っていたらしく、聞く人、聞く人、その多くが爺ちゃん先生に診てもらっており、そのほぼ全員が路頭に迷っている状態だったのである。

    次に歯を診てもらおうと予定しているは 6月。

    それまでに良い情報を得られるのか、我が家にとって最大の問題なのである。

  • 歯医者五軒目

    過去に通った歯医者

    大阪を出てこの町に移り住み、やっぱり問題になるのは歯医者選びだった。

    古くから住む人達にリサーチしてみる。

    実はこの家から徒歩 3分のところに一軒の歯医者さんがあり、それは 『お買い物日記』 担当者が子供の頃から存在するので言わば老舗的なところだ。

    歯科医の過当競争が激しさを増して弱肉強食のごとき生き残りかけた争いが繰り広げられる時代にあって、淘汰の波にさらわれずに続けていられるのは、医師は相当に腕が良く、固定客が数多くいるのではないかと予想される。

    当然のことながら評判も上々なのではないかと聞いてみたところ、これが予想に反して微妙な反応なのである。

    みんなが共通して言うのは
    「先生が怖い」
    ということだ。

    なんでも
    「すぐ怒る」
    とか
    「しょっちゅう叱られる」
    のだそうで、なかには
    「もの凄く怖いから絶対に行きたくない」
    という人まで現れる始末だ。

    ただし、話を総合すると腕は決して悪くないらしい。

    いくら腕が良くてもそんなに恐ろしい歯医者をわざわざ選択することもなかろうと、結局はどこに行くのか決めあぐねていた。

    例年であれば 6月と 12月に何もなくても検査を受けに行っていたのだが、昨年は急な引越しをしたこともあったり、『お買い物日記』 担当者が大病を患ったり、歯医者をどこにするかグズグズと迷ったりしているうちに日が経って行きそびれてしまった。

    そんなこんなで過ごしていた 2008年の 10月、以前から何度もとれている差し歯が食事中にポロリと抜け落ちてしまった。

    そうなったらグズグズしていられない。

    「行くとしたらここかな?」
    という程度には目星をつけていた歯医者での治療となった。

    その歯医者は妙に空いていた。

    受付を終わらせ、待合室に行っても誰も居ない。

    奥からは治療中である歯医者特有の音も聞こえてこない。

    当日のことは 『管理人の独り言』 にも書いたように、先生が少々荒っぽい感じはしたものの、大きな問題があるとは思わなかった。

    しかし冷静に考えてみると、ちょっと腑に落ちないことがある。

    大阪では何度だって入れなおしてくれた差し歯なのに、形状が合っていないから作り直したほうが良い的なことを言ってくる。

    大阪では抜こうとせず、食べ物が挟まらないようにしてくれていた親知らずも抜いたほうが良い的なことを言ってくる。

    そして歯の検査をしてもらったところ、多くの歯で歯周病が進んでいるから治療したほうが良い的なことを言ってくる。

    10カ月前に大阪で検査してもらったときは歯周病の“し”の字も言われなかったのに、そんなに急速に進行するのだろうか。

    最後に歯石を除去してもらったのだが、その際に感じた歯茎全体の痛みは半月ほど癒えることがなかった。

    そして何よりも、あんなにスカスカに空いているのは人気がない証ではないのか。

    「また 3-4カ月したら歯周病の検査に来てください」
    と言われたが、もう二度とその歯医者に行くことはなかった。

    そして、他に良い歯医者はないものかとリサーチを続ける日々が再び続いたのである。

  • 歯医者四軒目-後編-

    過去に通った歯医者

    先週の雑感に書いたように差し歯の一本がグラグラになっており、レントゲンを撮った結果、土台となっている自分の歯が割れてしまっていることが判明した。

    土台がダメなのであれば何度歯を入れ直しても無駄というものであろうし、安定せずにグラグラした状態のままでは気になって前歯を使うこともできない。

    もう 「かまわねぇ、ずっぽりと抜いてくんな」 的な江戸っ子ばりの覚悟をしたが、問題となっている歯を左右の歯に固定して支えるという技を駆使して治療する方針が示された。

    こちらとしても痛い思いをして抜かれるより少しでも楽な方法があるのであれば大歓迎であるので、その方針に素直に従い、結果的に歯が抜かれることはなく治療が終わった。

    前の歯医者では親知らずを三本も抜いていたが、とうとう左下に最後の一本が姿を現した。

    そいつがとてもひねくれた奴で、もの凄く斜めに生えてきたものだから途中で奥歯と接触して進路を阻まれ、中途半端に顔を出したまま成長を阻害されている。

    またその角度が微妙な具合で、とても高い確率で食べ物が挟まってしまい、食事のたびに爪楊枝のお世話にならなければならず、相当なストレスを感じていたのだが、親知らずなんていうものは生えてきたら抜かれることが多く、ましてや変な生え方をしているのだから当然の事ながら抜かれるものと思われた。

    今度こそは 「かまわねぇ、ずっぽりと抜いてくんな」 と覚悟して相談したが、食べ物が挟まる場所を埋めることで対処し、やっぱり抜かれることはなかった。

    その治療方針は自分としても精神的苦痛、外的苦痛を受けることがないので好感が持てたが、実は先生が血を見るのが嫌いだったのではないかとちょっと疑ったりしている。

    真相がたとえどうであれ、歯を抜かれることもなく、そして以降に何の問題もないのであればわざわざ痛い思いをしてまで抜歯してもらう必要などないだろう。

    お買い物日記』 担当者に歯医者さんがとても優しく、あえて大規模工事のような治療をせず、必要最低限の治療をしてくれることを伝え、それからは二人で通うようになった。

    『お買い物日記』 担当者も先生のことが気に入り、その的確な治療方法、すぐに抜くことはしない治療方針を二人で褒め称え、紹介してくれたご近所さんに感謝したものだ。

    それからは二人で半年に一度、何も問題が起きていなくても検査を受けに行くことにしていた。

    自分では気づかない小さな虫歯ができていないか、歯石がついていないかなどを診てもらい、最後に歯をクリーニングしてもらう。

    たまに極々小さな虫歯が発見されることもあったが、本当の初期であるため簡単な治療で終わるので何度も通う必要がなく、また、痛い思いをするほどの治療にもならない。

    医者と患者の良好な関係を保ちつつ長年お世話になった歯医者さんだったが、遥か北の大地に引越しすることになっては二度と通うことができない。

    大阪を旅立つ日、JRの駅に向かう途中で歯医者さんを訪ねて長年お世話になったお礼を言い、引越しする旨を告げてから千里丘を後にしたのであった。

  • 歯医者四軒目-前編-

    過去に通った歯医者

    久々に歯の治療を始め、以前はボロボロになって歯が抜けようと折れようと歯医者さんに行かずに放置しておいたところ、口内が荒れ放題に荒れた廃屋のごとき状態になってしまったことを思い出している。

    以前勤めていた会社の社長に脅され、なだめすかされて、やっと治療に行った歯医者さんが最悪で・・・というのが前回までの流れだった。

    もう二度と歯医者さんで怖い思いをするのは嫌だったので、それからの自分は生まれ変わったように定期的に検査を受け、ちょっとでも悪くなっていれば早目に治療してもらうように心がけるようになったのである。

    先週の雑感にも書いたが医者と患者には縁とか相性というものがあり、いくら腕が良くても人柄が好きになれなかったりしたら長くは続かない。

    何回か通っておこなう治療にしても、何年間にもわたって定期的に訪れて検査をしてもらうにしても、相性がよくて信頼関係が構築されていなければ難しいだろう。

    だれでも同じだと思うが、大阪に行って最初に歯医者さんに行く必要に迫られたとき、近所の人とかに評判を聞いて回ったものである。

    当時は今ほどネットが普及していなかったことと、掲示板やブログなどで情報収集する手段を持ち合わせていなかったこともあり、頼れるのは土地に古くから住んでおられる人達によるフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションで得られる情報のみだ。

    中でも向かいに住んでおられたお年寄り夫婦とそのご子息、さらにはその子供という親子三代にわたって通っているという歯医者さんに魅力を感じ、近くの商店街にあるその歯医者さんに通うことに決定した。

    最後に治療を受けた歯医者さんがとんでもないところで、さらには引越し前の突貫工事が災いしたのか、あるいは極端に腕が悪かったのか、入れてもらった差し歯がポロリと抜け、次に別の前歯も抜け、それからは年に一度くらいの割合で右や左の歯がポロリポロリと抜けていた。

    そのたびに歯医者さんに行って治してもらっていたのだが、その先生は一度たりとも以前通っていた歯医者さんを悪く言わなかった。

    よく抜ける一本は型が合っておらず、中に空間ができているので噛む圧力によって微妙に動き、せっかくセメントで固定しても少しずつ弱くなって抜けてしまう。

    同じく抜けやすいもう一本は、土台となる本物の歯を削りすぎて薄くなっていたために噛む力に耐え切れず、割れてしまっていて何度入れなおそうと固定させるのは難しい。

    いわば前回の歯医者さんの技術が劣っていたと言えるだろうが、決してそのことは口にしない。

    営業職でも同じことが言えるが、他社(他者)を悪く言って自社(自分)を良く見せようというのは最低の手法であるにも関わらず、その手を使ってしまう人が実に多い。

    しかし、その先生はそういうことを口にせず、作り直したほうが良いとも言わず、抜けた差し歯を何度も持って行ったが、その度に淡々と治療してくれた。

    その人柄に加え、とてもおだやかな口調で話してくれたり説明してくれるところが好きで、大阪に住んでいる間は最後までお世話になることになったのである。

    ~ つづく ~

  • 歯医者三軒目-終章-

    過去に通った歯医者

    その歯医者には回数にして 四十数回、期間にして半年間も通う羽目になってしまった。元はと言えばボロボロになるまで放置しておいた自分が悪いのであり、『身から出た錆び』 とか 『自業自得』 という言葉を身にしみて思い知らされたのであったが、よりによってこんな歯医者に長く通うことになるとは・・・。しかし、歯医者を選定したのも自分であるため、それも自己責任ではあるのだが・・・。

    最初はオシャレな雰囲気に圧倒されたり興奮していたりしたのだが、何度も通ううちに変なことが気になりだした。待合室の大型 TV に映し出されている映画は 『ボディーガード』 など当時ヒットしていたものも多かったが、『プレデター 2』 などのような猟奇的、暴力的なものが多い。それが何度も何度も ”上映” されるので長く通っている人などは画面を見ずに本を読んだりしている。

    待合室の片隅には熱帯魚が飼育されていたのだが、よく見ると水槽の上に 「院長作」 というカードが立てられている。何が 「院長作」 なのだろうと思い、近くで見てみると水槽の中には古代遺跡のオブジェが沈められており、その影からバルタン星人のフィギアがこちらを見ている。日によって古代遺跡がローマ神殿になったりバルタン星人がウルトラマンに変わったり変化を楽しんでいるようだが、とても気持ち悪い。

    医者たる者は内科医であろうと外科医であろうと歯科医であろうと落ち着いた雰囲気の人が個人的には望ましい。しかし、院長と呼ばれるその先生は激情型のとってもヒステリックな人だった。患者の目の前で助手さんを平気で叱り飛ばす。その他の技師さん達にもネチネチと嫌味を言っている。その先生が主たる要因だとは思うが職場(院内)の雰囲気がギスギスしていてとても暗い。

    『キレイなお姉さん』 と思っていた受付の女性が院長の奥さんなのか愛人なのか恋人なのか分からないが、助手さんたちに対する態度がやたらとでかく、高圧的に叱りつけたり何事かを指示したりしている。そこに勤めていた女医さんなどは院長に嫌味を言われても無視してみたり、悔し泣きしながら治療を続けていた。そんな状況であったから人の入れ替わりが激しく、仕事に慣れる前に辞めてしまう人が多い。

    次々と新しい人が来て、一から仕事を覚えなければならないため、院長がまたイライラするという悪循環に至っていたようだ。そういったことで一番の被害を被るのは患者である。口の中の水や唾液を吸引する器具の使い方を教えるのも患者が実験台で、「吸い出すときは横から」 とシュゴゴ〜とやって見せる。「奥まで入れすぎると」 と器具を突っ込まれた時は 「おえっ!」 となってしまった。

    人が 「おえっ」 となっているのに 「ほら、こうなるから」 などと説明している。「何するんじゃ〜!」 と言ってやりたかったが、その後の治療で痛くされてはたまらないので、じっと耐えるしかなかった。家族も被害にあっている。歯茎を縫い合わせる糸は抜糸の必要がないように自然に溶けてしまう 「高級な糸を使ってますからね」 などと患者に自慢するくせに、助手さんがその糸を長く使用してしまった。

    すると糸の両端を持ち、横に広げながら 「もったいない」 と助手さんを叱りつけるのだが、歯茎と繋がったままの状態でそれをやるものだから唇の両端がジョリジョリされて赤くなってしまった。仕事に慣れない人ばかりのため患者として辛かったのは歯の型をとる作業である。ピンク色のデロリ〜ンとしたものを入れられ、それが固まるまで待ち、ゆっくりと外して型を抜くのだが、外し方が悪いためか何度も失敗する。

    一本の歯の型をとるために 5回も 6回もやり直しである。一緒に通っていた家族は何度失敗されたか 「12回目までは数えていたけど、面倒になってやめた」 くらいなのだ。それで精巧な型がとれるのならまだしも、できて来た差し歯が合わずに取れてしまうこともあった。そんな時は再治療、差し歯の作り直しである。こちらに責任がなく、技量が未熟なために再治療になったにも関わらず金はとられる。

    電化製品などのように歯にも保証期間を設けるべきだと心底から思ってしまった。そして、そんな歯医者に通うのはとても嫌だったが、カルテ類の一式を患者が入手し、他の歯医者で続きの治療を受けることは不可能なため、一度通い始めると最後まで続けなければならないという不条理きわまりない慣習である。それに加えて嫌でも通い続けて早く治療を終わられなければならない事情ができてしまった。

    会社から大阪本社への転勤を言い渡されてしまったのである。その 8月は実父が入院中で余命いくばくもなく、年を越せるかどうかという状態だったので、「転勤は春まで待ってもらえませんか」 と陳情したが受け入れられず、10月の転勤が決定してしまった。そうなると 9月中に治療を終わらせなければならない。それからは滅多に使ったことのない有給休暇を乱用し、毎日のように歯医者に通った。

    そして引越しを翌週に控えた 1994年 9月 22日 木曜日 最後の治療が終わった。長く辛い地獄の日々から開放された記念すべき日である。10月、引越しも無事に終わり大阪府民になった。治療が終わってから一年目の 9月・・・前歯がポロリと抜け落ちた・・・。

  • 歯医者三軒目-序章-

    過去に通った歯医者

    長らく虫歯を放置していたため、折れたり崩壊した歯は 10本以上になった。前歯もガタガタになり、二ッと笑うと見える範囲で 3本も抜けている。人から 「歯医者に行かないんですか?」 と聞かれても 「これはチャームポイントなんだ!」 と言い張り、「何の特徴もない顔なんだから、これが唯一の特徴だ」 とまで言ってのけて頑ななまでに通院を拒否していた。

    人と会う機会の多い仕事であれば、それなりに気を遣って治療したであろうが、当時の仕事は外部の人との接触がなかったために本人さえ気にしなければ、それほど問題はなかったのである。周りの人間も見慣れてしまっていて歯医者通いを促されることもなかった。それどころか歯の抜けた部分にタバコを挟んでみたり、その部分から煙を吐いてみたりと笑いをとるのに役立てたりしていた。

    何年間かの時を経て、現場の仕事から外部の人との折衝へと仕事内容が変わり始めた頃、会社の社長に 「歯を治せ」 と言われた。その時も 「これはチャームポイント・・・」 と言って逃れようとしたが 「何がチャームポイントだ!つべこべ言わずに行って来い!」 と叱られてしまった。しかし本社は遠方にあり、社長とは滅多に会わないので 「は〜い」 と良い返事だけして、それからも放置し続けていたのである。

    それからも会う度に 「まだ行ってないのか!」 と言われ続けたが、「今の仕事が一段落してから」 とか 「帰りの時間が不規則だから通院は・・・」 などと、のらりくらりと言い訳しながら引き延ばしてしていた。何度目かに会ったとき、ついに 「歯医者に行かなかったらボーナスなしじゃ!」 と言われてしまった。特にお金を使う予定もなかったが、ボーナスが貰えないのは悲しいので、仕方なしに通院する決断をした。

    何年も通ったことがなく、どのように歯医者を選定すれば良いのかも分からないので、色々な人に聞いて回ったところ、人生経験豊かなご老人から 「新しい歯医者は開業資金を回収しなければならないのと、評判を良くするため一生懸命やってくれる」 との情報を得た。帰りの時間が不規則なのは本当のことだったので 『夜遅くまで診察している』 という条件を併せて探したところ、自宅の近所に該当する所があった。

    自宅から徒歩 3分、開業して間もない、美容室と見まちがうようなお洒落で立派な造り、診療時間も夜 9:00までと申し分ない条件である。早々に電話で予約を入れ、通院する手続きを済ませた。通院初日、ドキドキしながらドアを開けると、そこには 「本当に歯医者か?」 と疑いたくなるような待合室があった。床はフローリング、黒い革張りのソファ、大型の TV 画面には字幕入りの洋画なんぞが映し出されている。

    受付にはバッチリ化粧をし、髪をフワフワにカールさせた ”お姉さん” がすまし顔でたたずんでいる。革張りのソファに座ると体をやさしく包み込むような座り心地で頭の中には 「高級」 の二文字が浮かんできた。辺りを見渡すと床だけが木目調で、その他の調度品、壁などはモノトーンな色調に統一されている。待合室の隅には観葉植物が置かれたりしていて、これから歯の治療を受けることを忘れそうである。

    名前を呼ばれ診察室に入ると待合室と同じようにモノトーンな世界が広がっていた。診察用の椅子もゴツイ感じのものではなく、お洒落でデザイン性の高いものが使われている。とにかく何から何まで 「おっされ〜」 な雰囲気なのだ。こんな場所でボロボロの歯を見せて良いのかと躊躇してしまったが、ここは間違いなく歯医者であるので 「全部治してください」 と言って口を開けた。

    その歯を見た先生は 「ありゃ〜」 と言ったまましばし沈黙し、「どこから手をつけましょう?」 と言う。とりあえずは目立つ前歯からとリクエストしたものの、先生は腕組みしながら 「う〜む」 と考え込んでいる。結局その日はあらゆる角度からレントゲンを撮り、今後の計画を練って診療を終えた。帰りの受付には、さきほどとは違うが化粧をバッチリ決めた ”きれいなお姉さん” が座っていた。

    自宅に戻り家族に対して、いかに ”おっされ〜” な歯医者であったかを興奮して話した結果、家族共々で通院することになった。そして、それが間違いの始まりであった。それから長い間、地獄と恐怖の苦しみを味わう事になろうとは予想だにしなかった。その歯医者の実態というのが・・・。

    歯医者ネタでこれほど引っ張ることになるとは思わなかったが長文になってしまったのでまたまた続く。

  • 歯医者停滞期

    過去に通った歯医者

    その始まりは先週の雑感に書いた歯医者が原因だった。あまりにも治療がヘタで、血も通わぬ問診を繰り返すような所へは行きたくなかった。しかしそれは第二の理由で、本当は遊ぶのに忙しくて歯医者通いは面倒だったというのが最大の理由である。友達と遊ぶ時間を割いてまで歯を治療したいとは思わず、徐々に進行していく虫歯を放置していたため最後には悲惨なことになってしまった。

    人間には自然治癒力というものがあり、体調を崩しても怪我をしても回復するのであるが、歯だけは自然に治るものではない。理屈では解っていても痛みが去ると通院する気が失せてしまう。再び痛くなってくると通院すべきか悩むのであるが、痛い部分を氷で冷したり、正露丸を直接つめたりしているうちに痛みが治まり、再び通院する気が失せるという繰り返しだった。

    最初は左上の奥歯に小さな穴が開いた。初期段階は冷たい物を口にすると、しみる程度だったが穴は徐々に大きくなり、ズキズキと痛み出した。それでも痛みには周期があり、一定時間を我慢していると嘘のように治まってしまう。それを繰り返しているうちに痛くなることがなくなってしまったので歯医者に行かずに放っておいた。もちろん虫歯は進行したままである。

    それ以来、食べ物を噛むのは右側だけになったのだが、今度は右上の奥歯が腐り始めた。そこで痛みもなくなった左側で噛むようにしていたところ、今度は奥から二番目の歯が崩壊し始めた。次に噛むのを右側に戻していると右側の奥から二番目の歯が駄目になり・・・。だんだん噛む場所がなくなってきたので物を良く噛まずに飲み込む癖がついてしまった。

    そんな状態になっても歯医者に行かず放置したまま生活していると、虫歯は前歯まで広がってきた。後で知ったことだが、虫歯はミュータンス菌によるもので ”菌” というくらいだから当然のことながら感染する。じつは、生まれたばかりの赤ちゃんの口の中には、虫歯菌(ミュータンス菌)はいないのだそうだ。もし、そのまま大人になれば虫歯で苦労することもない。

    どうして虫歯菌が住みついてしまうのかというと、それは身近にいる親からもらってしまう。赤ちゃんが使うスプーンをうっかりなめたり、親の箸で一緒に食べさせたりすると虫歯菌が赤ちゃんの口の中に移っていくことになってしまう。虫歯になると 「丁寧に磨かないからだ!」 と叱られたものだが、実は親に原因があるので子供から 「お前のせいだ!」 と反撃されかねないのである。

    そんなことはさて置き、前歯まで広がった虫歯は左側の犬歯を壊滅状態にしてしまった。すると土台を失って安定感を失ったためか、隣の挿し歯がとれてしまったのである。いよいよ歯医者に行くべきかとも思ったが、やはり面倒なので瞬間接着剤でくっつけてみた。接着剤の威力は絶大で見事に歯は固定されたのだが、少し斜めについてしまった。格好の良いものではなかったが、「まあいいや」 と再び放置。

    それから少しして前歯の一本が折れてしまった。原因は虫歯が進行していたのはもちろんだが、ボキッと折れた直接の原因は喧嘩だった。殴り合いの喧嘩をしていて顔面にパンチをくらった時に弱っていた歯は衝撃に耐え切れずに、もろくも崩壊してしまったのである。折れた歯を再び瞬間接着剤でくっつけようと試みたが、断面が合わずにあえなく失敗に終わってしまった。

    それから数日後、折れた歯の残りの中心部から何かがぶら下がっている。食べ物が詰まっているのかと思い、楊枝でコリコリしてみると異常な痛みが走る。何だろうと思いつつも気になってしかたないので爪ではさむようにして思い切り引っ張った。そのとたんに電流のような痛みが体を走り、脊髄までしびれた。今から考えると ”あれ” は神経だったのかもしれないが、痛みで三日間ほど寝込んでしまった。

    ここまできたら、いよいよ歯医者・・・と普通の神経の持ち主であれば考えそうなものだが、『自分で神経を抜いた男』 はこんなことではめげないのである。それからも長らく歯科医の門をくぐることはなかった。笑うと前歯がなく、それ以外の歯もガタガタだったので、とても人様にお見せできるような姿ではなかったと思うが、本人は臆することもなく平気な顔をして生活していた。

    そんな自分にも転機が訪れ、やむを得ぬ事情により二十数年ぶりに歯医者に通うことになった。ところがその歯医者というのが ・ ・ ・ ・ ・。 次週につづく。

  • 歯医者二軒目

    過去に通った歯医者

    その歯医者は極端な商業主義だった。いささか唐突ではあるが、先週の続きである。いつも行っていた歯医者が廃業したため、次に通う歯医者を探していたところ、「知り合いが勤めている」 という理由だけで紹介された歯医者に行くことになった。腕が確かとかいう理由ではないのに少々不安を感じないでもなかったが、せっかく教えてもらったことでもあるので行ってみることにしたのである。

    ましてや当時は小学生だったため、自分で歯医者を選別する見識などあるはずもない。親に 「行ってこい」 と言われれば 「は〜い」 と従わざるを得ない。なんとなく嫌な予感もしたのだが、親の命令に従い渋々ながらも通うことになってしまった。小さな町ながらも市の中心部にその歯医者はあった。それまで通っていたところとは異なり、近代的な建物である。

    中に入ってみて患者の多さ驚いた。大きな待合室にたくさんの人がいる。歯医者は予約制であるから多くの人が待っているなどとは考えもしなかったし、それまで行っていたところでは他の患者さんに会うことすら少なかった。たまに待合室に座っているのは前の人が精算を待っているくらいのものである。ところが目の前には 10人以上の人が座っている。

    呆気に取られながらコソコソと空いている席に座り、目だけ動かして周りを見ていると、次から次に名前が呼ばれて診察室に人が入り、次から次へと治療を終えた人が吐き出されてくる。「なぜだ?」 と考えはしたものの頭の良くない小学生に理解できるはずもなかった。考えるのをやめて足をブラブラしたりしていると名前を呼ばれた。診察室のドアを開け、中を見て驚いてしまった。

    そこには数多くのイスが並び、歯医者さんが何人もいる。看護婦さんだか助手さんだかわからないが、医者の数以上の人たちも忙しそうに動き回っている。これだけの人を一度に治療できるのだから患者の回転が速いのも当然だと納得しつつも、その圧倒的な白衣の数にたじろいでしまった。「こちらですよ」 と奥の奥にある席に案内され、座って待っていると先生がやってきた。

    メガネをかけた先生は感情を持っていないような冷たい目の持ち主で、子供相手だというのにニコリともせずに 「どうしました?」 と、これまた感情のこもらない冷たい口調で聞いてくる。何となく怖かったので声に出さず、イ〜っとして虫歯になっていた下前歯を指差した。その歯をいろいろな角度から見て何事かを側に立っていた助手さんに告げ、先生は立ち上がって行ってしまった。

    どこに行ったのかと思えば今度は違う席で別の人の歯を診ている。なるほど医者の数より治療用のイスが多いわけだ。医者の行き先を見ていると助手さんがニコニコしながら寄ってきた。手に注射器を持ち 「麻酔しますからね〜」 などと言う。突然の出来事に驚き、口を閉じてイスにへばりついたが、そんなささやかな抵抗も空しく、口を開けさせられ歯茎に針を刺されたのだが、どうもおかしい。

    その助手さんは新人だったのか、注射がとても下手で針が歯茎を突き抜けている。それに気付かないものだから注射器の液体がチュ〜っと口の中に入って来る。「大変だ〜!」 と叫びたかったが、針が刺さっているので口を動かすこともできない。針が抜かれた後でゲホゲホとむせ返ってしまい、少し薬を飲み込んでしまった。「どうしたの?」 と聞かれ事情を説明すると、「まあ!それじゃあ・・・」 と言う。

    あやまってくれるのかと思ったら 「ごめんなさい」 も言わずに、もう一本注射されてしまった。二本目の注射では恐怖のあまりに体がカチカチに硬くなった。それからの治療も大変で、先生の腕はともかく、麻酔薬を飲んでしまったのがいけなかったのか 「うがいしてください」 と言われてもノドに感覚がなく上手にできない。水も口の横からデロリ〜ンとこぼれてしまった。

    家に帰り、歯医者での出来事を事細かに親に報告したが、「治療が終わるまで行け」 と言う。子供にとって恐怖でしかない注射を二回もされて悲惨な目に会ったというのに 「何という言い草か!」 と思ったが、親には逆らえなかったため、仕方なく最後まで通院した。そして、その歯医者を最後に、どんなに歯が痛くなっても、どんなに虫歯でボロボロになっても 20年以上もの間、歯医者に行くことがなかった。

    20年以上にも及ぶ壮絶な歯との戦いは激烈を極めた・・・が、続きは次週にすることにする。

  • 歯医者一軒目

    過去に通った歯医者

    最近では少しでも歯の調子が悪くなると、すぐに歯医者に行くことにしているが、以前は長い間 ”ほったらかし” にしていた。何せ 20年間ほど歯医者に行かなかったものだから、もうこれ以上は悪くなり様がないだろうというくらいボロボロだったのである。知り合いに歯医者で治療されるときの 「キュイ〜ン」 という音と、歯を削られる感覚が好きだという人がいる。あまりにも気持ちよくて寝てしまうのだそうだ。

    そんな人は珍しいのだろうが、自分は歯医者で治療を受けるのは決して好きではないが、眉をひそめるほど嫌いというわけではない。痛いのはもちろん嫌いだが、治療のときの痛み程度は我慢できる。だったら、もっとマメに通えば良さそうなものだが、歯医者の難点は通わなければいけないというところである。一回の治療で治るのであれば面倒ではないが、一本の歯が完治するまでに何度も通わなければならない。

    若い頃は金がなかったのと、遊ぶのに忙しいという理由で、歯医者には行く気になれなかった。子供の頃は自分に行く気がなくても親が勝手に予約を入れて無理矢理にでも通わされた。記憶の限りでは最初に歯医者に行ったのは小学校の二年生くらいだったように思う。

    その歯医者は腕(技術)には定評があるものの無愛想なことでも有名なところだった。大人でさえ 「あの先生は怖い」 と言うのだから、子供にとってはゴジラよりも怖い存在だったのである。歯医者まで一緒に来るような親ではなかったため、一人でトボトボと向かう足取りは重い。行ったことにして帰ってしまおうかと考えたことも一度や二度ではなかったが、そんな嘘はばれるに決まっているので勇気をふり絞り、重い足を引きずるようにして通ったものである。

    行く前に一応は歯磨きをして行くのだが、そこは子供のやることなので、どうしても磨き残しがある。それを見つけるとマスクの奥で 「ん゛ー!」 と声を出し、器具でガリガリと削りながら叱られる。「ちゃんとキレイに磨きましょうね〜」 などと優しく諭す人ではないのである。治療中も 「はい、うがいしてください」 などとは言わない。小さな声ながらも鋭く 「うがい!」 と命令される。

    長く口を開けていると疲れてきて、少しずつ開きが小さくなってくる。そんなときもアゴをワシヅカミにされて 「ん!」 と口を開けられる。まるで拷問にあっているような、軍隊で絶対服従させられているような恐怖の時間が過ぎていく。いくら怖くても声を出して泣くこともできず、恐怖におののき、目に涙を溜めたまま、時間が過ぎるまでただひたすら耐え忍んでいた。

    ところが、ある日を境にその先生の態度が一変した。子供を恐怖のどん底に叩き落し、大人にでさえも恐れられていた先生が、「はい。あ〜んして」 とか 「はい。ガラガラ〜ってうがいして」 などと、とても優しい。子供ながらに気味が悪く、違う意味で恐怖を感じたりしてしまった。その変貌ぶりを家に帰って親に報告したところ、「孫ができたからかね?」 と言う。

    鬼のような先生も自分に孫ができてみると 『子供は可愛い』 と感じるようになったらしいのである。当時聞いた話によると、子供に対する態度だけではなく、大人にも優しくなったらしい。人は何かのキッカケで変われるものだと、今になって思ったりしている。それからは、「腕は確かだけど偏屈な先生」 という評価から 「腕も確かで優しい先生」 という評価に変わり、多くの患者をかかえる評判の歯医者になった。

    それから長らく黄金期は続いたのだが、先生が高齢になり、後を継ぐ人もいなかったのか廃業することになってしまった。残された患者は大変である。通う歯医者は簡単にコロコロと変えられるものではない。人から評判を聞いたり右往左往しながら次に通う歯医者を探すことになってしまった。

    次に通うことになったところが、それから 20年もの間、自分を歯医者から遠ざける原因となった因縁の歯医者なのだが、その話は次の機会に譲ることにしようと思う。