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  • 言葉の変遷 3

    言葉の変遷 ~目次~

    時代とともに使われる言葉は変わっていくものだが、とくにカタカナ読みの陳腐化は激しく、一昔前の読みで話そうものなら若者から失笑されること請け合いであり、どんなに若いふりをしていても一瞬にしてジェネレーションギャップを肌で感じてしまうのは間違いないことだろう。

    今でも社名や看板に残っているのはヂーゼル、ビルヂングで、これは今となっては誰も発音しなければ表記することもなくなってしまい、すべてディーゼル、ビルディングに置き換わっている。

    昔、アメ車の Mustangはムスタングと読んだものだが、今はマスタングが常識となった。

    少し前にテレビなどで良く言われたのは、今はディスコと言わずにクラブと言うということだったが、2000年代初期のユーロブームに乗せたパラパラという日本発祥の踊りが大流行したのを最後に飲んで踊るクラブも、枝分かれして大人の社交場となったディスコも衰退し、今となっては店そのものが存在しないものと思われる。

    男女が一緒にいるのはカップルであって、アベックとは言わなくなった。

    グッドデザイン賞 (Good Design Award) を代表とする、何らかの賞を与えるイベントに冠する Award は、デザインアワード、クリエイティブアワードなど、アワードと読まれることが多かったが、最近になってアウォードと発音することが多くなってきたようだ。

    メインはメーンと表記されることが多くなってきており、バリバリ昭和生まれの自分としては、森田芳光が監督し、薬師丸ひろ子が主演した 『メインテーマ』 が 『メーンテーマ』 では間が抜けているような気がするし、『宇宙戦艦ヤマト』 で沖田艦長が
    「メーンエンジン点火」
    などと言ったら力が抜けてしまいそうな気がしてしまう。

    仕事をしている人はサラリーマンからビジネスマンへと変わり、働いているのは男だけではなかろうということで最近はビジネスパーソンと呼ばれるようになった。

    昔はサラリーマンに対して女性社員は OL(Office Lady(オフィス・レディ)) と使い分けられていたが、男女雇用機会均等法、差別、格差の撤廃によって男女問わず使える総称が必要になったのだろう。

    その OLも昭和初期まで BG(Business Girl(ビジネス・ガール)) と言われていたらしいが、さすがにそれを耳にしたことはないので、前述したヂーゼル、ビルヂングと同時期なのだろうか。

    読みが複数あるものの代表例は、吸うと鼻やノドがスースーするメンソールで、タバコの商品名では 100%近くメンソールと表記されているが、もう一つのメントールという呼び名もガムやキャンディー、アロマオイルなどで広く使用されている。

    いつまで経ってもどちらかに統一されることがなく、どちらを使っても失笑されたりバカにされたりしない不思議な呼び名だ。

    最近になって変化を遂げているのが Artistで、アーティストと言われるのが今でも体勢を占めているが、一部ではアーチストと発音、表記されるようになってきている。

    一般的な感覚としてはアーチストが古い表記で、小さな 『ィ』 が入るアーティストが新しいと受け止められるだろうが、逆のパターンもあるのだと実感したりしたところだ。

    確かに、日本人には何でもかんでも小さな 『ィ』 を入れたがる傾向があるようで、髪を固めるジェル剤をデップと発音すると失笑されることが多い。

    しかし、デップ(Dep)はデップであって、決してディップではない。

    デスクトップ(Desktop)パソコンがディスクトップではなく、デパート(Depart)をディパートなどと言わないのと一緒である。

    そして、日本人はろくに知りもしないくせにカタカナを使いたがる傾向にあり、平気な顔をして堂々と間違っていることも多い。

    最近特に多いのはフィーチャーをフューチャーと言う間違いだ。

    音楽でよく使われるのだが、曲のタイトルなどに付けられている A featuring B は、フィーチャリングであってフューチャリングではない。

    Aさんの曲に Bさんがフィーチャーリング(featuring(客演))するという意味で、それはフィーチャー(feature(呼び物、聞き物))であって、フューチャー(future(未来))することなど文法的にもあり得ないのである。

    オッサンが若い二人を見てアベックと言うのを笑う前に、知ったかぶりをして妙なカタカナを使うのをやめていただきたいものだ。

  • 言葉の変遷 2

    言葉の変遷 ~目次~

    テレビで妙な言葉遣いが広まっていることを伝えていた。

    会社で上司なり先輩なりに
    「これコピーして」
    などと言われると、
    「ありがとうございます」
    と返事をするのだそうだ。

    教科書どおりの返しであれば
    「かしこまりました」
    と言うのが正しいのだろうが、確かにこれでは硬すぎるような気がしないでもないし、『かしこまりました』 などと、それこそかしこまった言い方をするのも妙にこっ恥ずかしいものと思われる。

    しかし、『ありがとうございます』 はあまりにも的はずれな返事だ。

    なぜ頼まれごとをされて礼を言わねばならないのか。

    私だって忙しいのに雑用なんか頼んでくれて 『ありがとうございます』、他にも新人がいるのに私めなんぞを選んでいただいて 『ありがとうございます』 という嫌味だと受け取られかねない危険性を微妙にはらんでいるような気がするのは自分の性格がひどく歪んでいるからかもしれないが。

    そこは素直に
    「はい」
    と返事すれば良いだろうし、良いお返事をするのが照れるのであれば、
    「何枚コピーしましょうか」
    とか言って場を繋げば良いだろう。

    最近、特に気になっているのは
    「~じゃないですか」
    「~じゃないですけど」
    というやつだ。

    言葉を重んじるはずの民放はおろか NHKのアナウンサーまで使い始めており、それが耳障りで仕方がない。

    前者は
    「明日はひな祭りじゃないですか」
    などと使うのだが、普通に
    「明日はひな祭りですね」
    と言えば済む話であるし、
    「明日はひな祭りですけど、家で何かされますか?」
    と続ければ良いだけのことである。

    それをわざわざ
    「明日はひな祭りじゃないですか」
    と相手にふっておいて
    「はい」
    とか
    「そうですね」
    と返事をさせた上で
    「家で何かされますか?」
    と会話を続けることが実に多い。

    中には
    「私ってぇ、家事とかできないじゃないですかぁ」
    とか言うアホもいたりするので、テレビ画面に向かって大声で
    「そんなこと聞かれても知らんっ!!」
    と言ってやりたくなる衝動を抑え切れない。

    後者は本当であれば肯定すべきところを否定的に言うパターンで、
    「後悔先に立たずじゃないですけどぉ」
    「あの時あーすれば良かったとか思ってるんですよぉ」
    と、否定したくせに後に続くのは前文を肯定する文言だ。

    なぜ素直に
    「後悔先に立たずで、あの時は・・・」
    とか
    「後悔先に立たずと言いますけど、私も以前に・・・」
    と話せないのか。

    これらは芸能人が使っていたものが若い人に広まったものだが、いつまでも若いふりをしたいオッサンやオバチャンにまで感染しつつあるのが恐ろしい。

    今までも、私って、俺ってまだまだ若いでしょと痛々しさ丸出しの中年が若者に迎合して妙な言葉や文化が根付いてしまったことは多い。

    きっと、この
    「~じゃないですか」
    「~じゃないですけど」
    という訳の分からない日本語も定着し、肯定文なのか否定文なのかの判断を困難極まりないものにし、日本語習得を目指す海外の人の脳を混乱させることだろう。

  • 言葉の変遷

    このごろ気になることの一つとして、オバハンの語尾上げがある。 文章で表現するのは難しいが、「~ですか?」 のように、まるで質問しているみたいに語尾を上げて話すのだが、「お前は 20年前の女子大生か!」 と突っ込みたくなる。 確かに、いい歳をして語尾上げを使うのはバブル全盛期に女子大生だったオバハンが多いようだが、それから社会人を経験しても直らなかったのだろうか。

    「だから~。 ○○がぁ~。 ○○でぇ~。 ○○みたいなぁ~。」 と文章を細切れにして話すオバハンも気持ちが悪い。 第一、そんな話し方をされたら句点(『。』まる) のたびにうなずいたり 「ふんふん」 と相槌をうたなければならないので疲れる。 首根っこをつかまえ、「さっさと喋らんかー!!」 と耳元で怒鳴り散らしたい気分だ。

    以前は若者文化の発祥と言えば女子大生が中心だったが、今となってはその座を女子高生を中心としたコギャルに奪われてしまっているようだ。 ファッション、化粧品、食べ物の流行まで生み出すパワーを秘めるコギャルには、ある意味で敬服するものがあり、様々なメーカーまでがマーケティングの対象にしたりしている。

    年末に発表される流行語大賞には芸能、文化人などが選出されているが、本当の意味での流行語を創っているのは彼女達ではなかろうか。 流行り廃れも早く、オッサンである自分などが理解できるようになるころには、コギャル達の間では死語と化していることが圧倒的だ。

    10年以上も前に使われたチョベリグ(超ベリーグッド)/チョべリバ(超ベリーバッド)など、もう誰も使っていないだろうし、その後に生まれたチョバチョブ(超バッド超ブルー)も聞かなくなった。 数年前に使われていたチャケバ(ぶっちゃけ話)なども、すでに廃れているのだろう。

    コギャルなどという分類そのものが存在しなかった昔から、若者言葉が生まれては消えることを繰り返していたが、変な生き残り方をしている言葉もある。 その代表例が 『ハッスル』 とか 『フィーバー』 で、今では若者も含めてオッサン、オバハンまで滅多に使う言葉ではないのに、ニュース用語としてのみ、その存在を確認することができる。

    「若者のフィーバーぶりが・・・」 「大いにハッスルしていました」 など、「誰に伝えたいんだ?」 と問いたくなるようなニュース原稿を若いアナウンサーが読んでいるのが可笑しい。 原稿を作成しているのがオッサンなのか、取材をしたのがオッサンなのか、それとも本当にニュースの用語として定着しているのか、正確なところは分からないが、このまま将来も生き残る言葉なのだろうか。

    その他、日本語の使い方として間違っているものがそのまま定着してしまう場合もある。 今では誰も不思議に思わない 『意外と』 もそうだ。 もともとは芸能人が使い始めたようで、意外は形容動詞であるから、『意外に』 が正しい使い方なのだが、NHK のアナウンサーだろうと新聞の文字だろうと 「意外と美味しい」 などという使い方をしているので完全に市民権を得たようである。

    最近になって使われ始めたのが 「普通に美味しい」 という表現で、これは 「味が普通である」 という意味ではなく、「お世辞ではなく美味しい」 という誉め言葉に相当する。 その 『美味しい』 ですら変化しており、とっても美味しいことを 「ヤバイ」 と表現することが多くなってきたようだ。 これは 「ヤバイくらいに美味しい」 という感情表現を 「ヤバイ」 に凝縮したものだろう。

    『ヤバイ』 とは 『ヤバ』 が形容動詞化した口語であり、ヤバ(野馬)とはまだ調教されていない馬、つまり危険であるということなので、本来は良い意味を持たないが、長い時を経て、今、まさに、誉め言葉へと昇華しつつある歴史的瞬間に人類は遭遇しており・・・。 などと気楽なことを書いていて良いのだろうか。 このままでは日本語がどうなってしまうのだろう。

    「思ったよりも、お世辞ぬきで本当に美味しいですよ」 が 「意外と普通にヤバイ」 で通じる世の中になるのだろうか。 『意外と』 という使われ方のように市民権を得て、将来の標準語となってしまう時が来るのだろうか。 それとも、これらの使われ方は一過性のものであり、正常な状態に戻る日が来るのだろうか。

    色々と思うことはあるが、昔は自分も若者言葉を使い、親に注意され、社会人となって矯正されてきたものである。 中には定着し、正式な日本語となっていくものもあるだろう。 仮に江戸時代の人が現代にタイムスリップしてきたとしたら、きっと何を言っているのか理解できないに違いない。 数十年、数百年後の日本語は、現代人には理解できないくらいに変化しているのかもしれない。