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  • 嫌われる食べ物

    両親共稼ぎだったため近所の年寄りに育てられたのが幸いしたのか、子供の頃から割りと好き嫌いがなく、普通の子供が嫌うものも平気で食べられたので給食も残すことなく先生に叱られることもなかった。

    直近のものは見つからなかったが、2005年時点での子どもの嫌いな食べ物ランキングがあったので見てみると、10年前の 1995年と様変わりしている。

    順位 1995 2005
    1 ピーマン ニガウリ
    2 ナス レバーなど
    3 ニンジン ナス
    4 レバーなど ピーマン
    5 セロリ トマト
    6 トマト 梅干し
    7 シイタケ 肉の脂身
    8 タマネギ アスパラガス
    9 グリーンピース セロリ
    10 ネギ、長ネギ グリーンピース

    ニガウリ(ゴーヤ)、ピーマンなどは苦味成分が多いので嫌われるのは仕方がない。

    人間は良くできたもので、苦味、酸味は毒を持つ物、腐敗が進んだ物に多く含まれる成分であるため、子供のうちは本能的に拒絶するよう遺伝子に組み込まれているのだそうだ。

    したがって、ある程度の年齢までは食べられなくて当然であり、それが自然なので無理に食べさせる必要はないのかも知れない。

    それでも中学や高校になっても嫌いだと言っているのは考えものであり、大人になっても食べられないのは恥ずかしく、甘やかされて育ったのだと非難されても致し方無いだろう。

    自分はといえば、なぜだか小さな頃からピーマンも平気だった。

    今は美味しく食べているニガウリなど全国に流通し始めたのは近年のことであり、子供の頃は見たことも聞いたこともなかったが、あのゴジラの皮膚のような外見と強烈な苦味を持つ食材であることから、さすがに食べることができなかっただろうと思われる。

    2005年の 2位にランクインしているレバーは大人になっても食べられない人が多いが、これも小さな頃から食べることができたし、割りと好きな食材だった。

    3位のナスは 1995年も 2位にランクされているが、苦味も酸味もなく、強い香りもないのに安定的に子供たちから嫌われるのは何故なのだろう。

    良く火を通せばトロトロに甘く、たまらない美味しさなのに不思議だ。

    これも子供の頃から食べられたので嫌われる理由が分からない。

    5位のトマトを最近になって食べられるようになったのは 『お買い物日記』 担当者だ。

    嫌いと言うより子供の頃に食べ過ぎて見るのも嫌になっていたらしいのだが、最近は加熱しても生でも美味しそうに食べているので完全に克服したのだろう。

    自分は小さな頃から何の問題もなく食べている。

    6位の梅干しは前述した通り、子供の苦手な酸味を多く含むので嫌われても当然だが、自分は子供の頃から食べられた。

    7位にランクインしている肉の脂身は、さすがの自分もちょっと苦手だった。

    今となっては赤身だけの肉などモソモソしているだけで、適度に脂身がある肉のほうが美味しく食べられるが、子供の頃はあのブニュっとした歯ざわりと口の中にモワッと広がる味が好きではなく、まだ上手に使えない箸をグリグリさせながら脂身を分離させようとして親に叱られものである。

    8位のアスパラも子供の頃から好きなので嫌われる理由が分からない。

    苦味も酸味もないのにどうして食べるのが嫌なのだろう。

    9位のセロリも割りと近年のものであり、子供の頃は近所の店でお目にかかれる野菜ではなかったが、あの独特の風味は受け付けなかったのではないかと思われる。

    実際、セロリを食べるようになったのは約 5年前に北海道に帰ってきてからで、たまたま近所のスーパーの見切り品で安価に販売されていたものを、抵抗なく食べることができるか試しに買ってみたのが最初だ。

    パスタやピザのソースにも使われているので、初めて食べるものではないだろうが、実際に買って生で食すのは生まれて初めてのことであり、かなりドキドキしたのを覚えている。

    食べてみると実に美味しく、あの独特の風味もかえって好きなくらいであり、今は常備野菜としていつも冷蔵庫に保存されるようになった。

    10位のグリーンピースも子供の頃から何の抵抗もなく食べているので過去から現在に至るまで、ずっと子供たちに嫌われている理由が今ひとつ分からない。

    それにしても昔は嫌われ者の王道で、1995年当時も 8位、10位にランクインしているネギ類の姿が 2005年に消えたのはどうしてなのだろう。

    品種改良で苦味や香りが抑えられたのか、そもそも好き嫌いの多い親世代が料理に使わなくなったのか。

    何でも食べられるのは、それだけ楽しみも多く様々な味、食感、のどごしを経験できることであり、嫌いな食べ物が多い人より得をしているように思う。

    幼少のころ、上手にしつけてくれて好き嫌いなく育ててくれた老夫婦に感謝したいと思う。

  • アクシデント2

    何と・・・。

    昨年の12/01(土)に続いてのアクシデントである。

    前回とは異なるアクシデントではあるが・・・。

    午後から草稿した雑感を保存していなかったようだ。

    更新しようと原稿のファイルを見ると一行も書かれていない。

    ・・・。

    まあ良い。

    長いこと続けていればこんなこともあるだろう。

    今週のネタは来週にまわすことにしようと思う。

  • 自分解体新書 - 14 -

    自分解体新書 ~目次~

    ■ 目 その2

    視力の低下が著しい。

    それは日々衰え、先月と今月では明らかに見え方が異なるほどだ。

    以前にも書いたように距離によって見え方が異なるため、ひとつのメガネですべてを補うことができず、用途によって使い分けなければいけないという不便さに閉口している。

    相変わらず相当な距離があれば遠くは見えるが少し離れたところは見えない、その乱視用のメガネではパソコン画面が見づらく、老眼のため手元も見づらい。

    パソコン用のメガネでは遠くも手元も見えない。

    したがって、テレビを見る用、パソコン画面を見る用、手元を見るための老眼鏡と 3種類も必要としている状況だ。

    そして、視力の低下に伴ってパソコン用のメガネが合わなくなったので先週の木曜日に検眼と注文を済ませてきた。

    一年に一度は眼科に行き、眼圧、眼底、その他もろもろの検査を受けているので緑内障、白内障の心配は今のところないが、目の老化は避けられない。

    死ぬまで目は見える状態でいたいので大切に使わなければと思ってはいるものの、仕事がらパソコン画面を見ない訳にはいかないし、スマホのゲームも止められないし、海外ドラマを見るのも止めることができないのが困ったものだ。

    ■ 爪

    以前から季節によって爪が伸びる速さが異なると感じており、それは 『お買い物日記』 担当者も同意見だったのだが、事実、夏場より冬は伸びが遅い。

    夏は二週間に一度爪を切っているが、冬場は三週間に一度になる。

    ネットで調べてみたところ、爪の伸びる速さは季節や食生活によって変動し、爪周りの皮膚に十分水分があって潤っていると速くなるとのことなので、冬の乾燥時期に指先もカサカサになっているのも伸びが遅くなる要因なのだろう。

    個人差はあるが、通常は 1日 0.1ミリ程度伸び、夏季は 10%~15%伸びが早いのだそうだ。

    実は昨年末、左手親指の爪の端が縦に割れ、それを放置していたら布に引っ掛けて一部が欠損し、血が流れ出てしまった。

    それでも病院に行くことなく放置していると、欠けた部分から今度は横にヒビが入り、それがどんどん長くなってきて何かに引っ掛けると剥がれてしまいそうな怖さがある。

    今も病院には行かず、絆創膏を貼って何かに引っかかるのを防止しているが、この冬場の伸びが遅い時期なので、横に入ったヒビが先端に来るまでは少し時間がかかりそうだ。

    足の爪は必要か。

    唐突ではあるが、たまにそう思うことがある。

    歩いたり走ったりするために足の指自体は必要だと思うが、そこに爪がある必要性を感じないのは自分だけだろうか。

    手の爪であれば細かな作業をする時、シールなどを剥がす時、人によっては楽器を演奏する時、女性が攻撃を加える際の武器として必要だが、足の爪に課せられた役目など皆無だろう。

    むしろ切るのが面倒であるし、場合によっては水虫の温床となってしまうこともあるので無くなってしまったほうが人類のためなのではないだろうか。

  • 新春

    謹賀新年であって賀正であって迎春で Happy New Yearである。

    そんな訳で今年最初の雑感だが、年の初めから世の中にブツブツ文句をいうのも何であるし、くどくどしたことを書くのも何なので、ここはユルっと始めて今年一年もダラダラと続けていこうと考えているところだ。

    年末になっても実感がなく、大晦日になり紅白が始まってやっと年の終わりを実感したと思ったら新年になり、少しだけ正月気分を味わったと思ったら三箇日が終わってもう五日になってしまい、今年も残すところ 361日になった。

    一日は神社に初詣をした以外は年末年始に録画したテレビ番組をひたすら観ており、たまに気分なおしに海外ドラマを観たりして時間が過ぎた。

    二日は家から一歩も出ることなく、朝から晩まで録画したテレビ番組と海外ドラマをずっと見続け、やっと年末分まで消化完了。

    三日は起床すると少し雪が積もっていたので除雪をしたが、外の空気を吸ったのはその時だけで、やはり新春特番の録画と海外ドラマを観て過ごす。

    四日になって今年最初の買い物に出かけ、残りの休みを過ごせるだけの食材を調達して空になった冷蔵庫に詰める。

    五日の今日は少し早く目覚めたので朝一番で除雪をし、そのままコンビニに行って朝食を調達。

    我家の場合、朝はパン食なのだが、昨年の 29日からは夜更かし朝寝坊が続いていたので朝食を抜いており、実に一週間ぶりにパンを食べた。

    テレビ番組の録画分は昨日の夜で見終わったので、今日は朝から海外ドラマを観て過ごし、午後からはこの雑感の草稿をしてから再び海外ドラマ鑑賞。

    明日は普段と変わらない日曜日になると思われるので、ダラダラっと海外ドラマなど観て九連休が終わるだろう。

    長い休みなので映画の 2-3本も消化できるかと思っていたが、まったくの手付かずで終わってしまいそうな感じだ。

    2時間弱の短い映画であれば海外ドラマを 2話観るのと時間的には同じなのに、どうしても録画してある DVDに手が伸びないのはなぜだろう。

    やはり続けて 2時間というのは多少なりとも気合が必要であり、心の準備が必要になるので躊躇してしまったり敬遠したりしてしまうのかもしれない。

    四日の買い物の途中、今年はじめてスズメの姿を見たし、何匹かの顔見知りの犬にも会えたので、新年の挨拶をすることができた。

    今朝も除雪の最中に顔見知りの犬と飼い主のお母さんが通りかかり、『お買い物日記』 担当者はお母さんと、自分は犬と新年の挨拶を交わす。

    いつもは少しだけこちらの顔を見て通り過ぎる犬なのに、近づいてきたと思ったらちょこんと横に座わったので首筋をグリグリしてやった。

    何のまとめも落ちもない雑感だが、我が家の正月などこんなもので、何をする訳でもなく時間が過ぎてゆく。

    ただ、そんな時間を過ごせるのはとてもありがたく、実に大切なことだと心から思う。

  • 2012年の終わりに

    いよいよ今日をもって今年の雑感の更新も終わりだ。

    昨年末の雑感に書いていた行動とまるっきり同じような感じで今年も終わろうとしている。

    今日の午前中、今年最後の買い物に行き、帰りに今年最後のモスバーガーを食べて帰ってきたのも去年の30日と同じだ。

    今回は薬で抑えこんで何とか回避してはいるが、『お買い物日記』 担当者が頭痛気味なのも去年と一緒なのであった。

    いつもと代り映えのしない年末だが、去年より少し進んだこともある。

    8月31日、焼肉屋さんに行ってきた。

    この町に暮らし始めてもうすぐ丸5年、やっと2軒目の焼肉屋さんだ。

    行ってみたい店はもう一軒あるのだが、そこで食事をするのは来年か、または 2年後、3年後か。

    今年は年末の歯のチェックを終わらせることができている。

    爺ちゃん先生に言われた通りに歯を磨いているので、今年は 『お買い物日記』 担当者と二人で合格点をもらうことができた。

    そして、今年は少し早めに健康診断を受けたので最後の通院前に結果を受け取る事ができ、それを基に医者と話すこともできたので安心だ。

    今年は去年と違って2度ほど朝マックしたが、それは 5月下旬なので半年以上も前のことであるし、散歩途中に行く本当の意味での朝食で利用したのは 1月27日のことなので実質的には一年前のことである。

    そして、何年も前から計画しているホテルでのランチバイキング。

    とうとう今年もそれは実現しなかった。

    実は、あるクラブ会員になれば割引料金で食べられるということだったので、そこに入会までして準備していたのに結局は行かずじまいである。

    仕事面では、Webページを作る意思表示を受けていながら一歩も先に進んでいないケースが 2件あり、何の進展もないまま年を越すことになってしまった。

    いつも思うのだが、大阪と北海道では圧倒的にスピード感が異なる。

    とにもかくにも北海道はのんびりしており、もう絶ち消えたと思っていた案件が忘れた頃に動き出したりするので戸惑うことも多い。

    しかし、それがこちらのペースであり、大阪と同じスピードで結果を求めたり仕事を進めようとすると、うるさがられたり煙たがられたりすることもあるので注意が必要だ。

    したがって、ずるずると先延ばしになっている 2件も時が来れば動き出すだろう。

    年末になって決まり、来年 3月までに制作することになった Webページは少し大きめのプログラムを作成しなければならないので、年内は中途半端に手を付けないでおくことにした。

    今年の北海道は 60何年ぶりの猛暑、観測史上初めての残暑、そうかと思えば数日前は 40何年ぶりの寒波、11月には何十年ぶりかの暴風で各地に大きな被害をもたらした吹雪は、知り合いの会社のネットワーク機器をも破壊し、データの損失という金額に換算できない被害までも引き起こした。

    これらのことが地球温暖化の影響だとするならば、全世界が一丸となって食い止めなければ数十年の時を待たずとも数年後には大変なことになるかも知れない。

    バラマキ過ぎて将来に負の遺産となってしまうのではないかと懸念されるほどの大型補正予算で景気浮揚を図る自民党安倍内閣の目論見通りに来年はデフレを脱却し、景気が回復することを願う。

    そして、目標設定と舵取りを誤り、悪性のハイパーインフレにならないことを心から願いつつ、今年の雑感を終わろうと思う。

  • 投票率

    先週16日の衆院選は自民党の圧勝という結果に終わった。

    国民の多くが自民党を選んだ結果なのでそれ自体に文句はない。

    ただし、投票率は 59%台前半となり、過去最低となってしまった結果はいただけない。

    残り 40%の人が国を思い、政治に関心を持って投票したらどんな結果になっていただろう。

    結果的に自民党の圧勝に終わるかもしれないが、民主党がここまで惨敗することもなかったかもしれないし、維新の会などの第三極がもっと票を伸ばしたかも知れない。

    投票率が 90%で、残り 10%の投票行動は大勢に影響がなく、結果が変わらないのなら問題はないが、40%ともなれば結果に大きく影響を及ぼす。

    もしかすると違う結果になったかもしれないという選び方、国政選挙では意味がないのではないだろうか。

    アメリカ大統領選挙のように国のリーダーを直接的に選べない選挙に興味はないという人がいるが、現在導入されている小選挙区比例代表連用制は事実上の首相選びと変わらない。

    民意によって政権がひっくり返るのは前回の民主党の大勝、今回の自民党の圧勝を見ても明らかで、それぞれの党首が総理大臣になるのも既定路線なのであれば、選挙戦が開始された時点での各党の党首、代表が総理にふさわしいかを選ぶ投票でもある。

    そんなダイナミックな戦いに決着をつけることができる権利を持つのは実に誇らしいことであり、それに参加しないのはもったいないことだと思う。

    政治に無関心な層が多いのであれば、選挙を義務化すれば良い。

    義務化とまではいかずとも、投票所入場整理券、いわゆる投票はがきにミシン目を付けて会場で証明印を押してもらい、半券を持って帰ることによって投票したことを証明できるようにして、それがなければ不利益になるようにしたら良いのではないだろうか。

    大学生であれば単位が取れない、社会人であればボーナスに影響、失業中であれば就職に影響、専業主婦は夫の会社に提出、年金・社会保障金受給者であれば支給額の減額などのペナルティを課せば良い。

    韓国のように平日を投票日に設定し、その日は臨時の休日にして投票を促すという方法もある。

    とにかく投票率を上げるための施策を講じなければ選挙そのものに意味がなくなってしまう。

    いつも多くの組織票を持つ政党が有利になってしまい、その政党と、政党を応援する組織だけが国を動かして利益を享受するという、中国や北朝鮮と変わらない国に成り下がってしまうのは確実だ。

    そんな国にしてしまうことを甘受するかどうかは有権者の意識次第だ。

    以前のように自民党しか選挙に勝てず、自民党員、その周辺の組織しか利益を得られない日本に戻るなら、迷わず他の国に移住したいと思う。

  • 馬鹿親

    久しぶりに怒髪天を衝く 10秒前からのカウントダウンで時間切れとなり、声を荒げて文句を言ってしまった。

    12日の水曜日、『お買い物日記』 担当者が患者仲間を見舞うため札幌に行って帰宅が夜になることから、その日の晩御飯は外食で済ませることにした。

    外食と言っても約一年ぶりのびっくりドンキーであり、格式張った店ではないので気兼ねなく闘病生活を続けている仲間の話しを聞きながら食事をすることができる。

    料理を食べ始めたころ、母親と小学校高学年くらいの男の子が案内されて隣の席に着く。

    最初は静かだったので気にも止めずに 『お買い物日記』 担当者と話しをしていたのだが、少しすると母親の携帯電話が鳴った。

    【 16分前 】
    席を立って話すかと思ったら、そのまま電話に出て話し始めた。

    【 14分前 】
    ということは、すぐに用件が終わって電話を切るのだろうと思っていたのだが、会話が終わらないどころかどんどん盛り上がってきて声まで大きくなってくる。

    【 10分前 】
    くだらない会話に腹を立てつつも 『お買い物日記』 担当者の話しを聞いたり、その日は自分も検診の日だったので結果を伝えたりしていたが、母親の声が耳障りで仕方がない。

    【 08分前 】
    隣の席に料理が運ばれてきたので通話も終わるだろうと思ったが、一向に会話が途切れる気配がなく、男の子が一人で食べ始める。

    【 05分前 】
    男の子が中学、高校となり、食事中もケータイやスマホを手放さず、家族の会話もないままメールなどをするようになったとしても、この母親には叱る資格などないと思ったりしながらもダラダラと終わらない会話への怒りが腹の底からブクブクと沸き上がってくるのを抑えることができない。

    【 02分前 】
    こともあろうか、母親は片手に電話を持ち、肘をついたまま目の前の料理を食べ始めたので、そんな姿を見せつけられている子供が可哀想に思えてきた。

    【 53秒前 】
    いよいよ会話が締めに入ったようなので、食事中の長電話も終わるだろう。

    【 41秒前 】
    先方が何かを言ったのか、終わりかけた会話が再び続く。

    【 23秒前 】
    また会話の締めに入ったので今度こそ終わるか。

    【 10秒前 】
    今度は母親の方が何かを言い、再び話しが続く。

    【 03秒前 】
    イライラしながら母親を睨んでいると、視線に気づいたのかチラッとこちらを見たが、すました顔をして横を向いた。

    【 0・・・ 】
    ついに我慢の限界に達し、
    「うるせーぞ、こらぁ!」
    と怒鳴ってしまった。

    子供は肩をビクッとさせてこちらを見たが、母親は聞こえたのか聞こえないのかツラっとした顔で話し続けている。

    あまりの腹立たしさに席を立って文句を言おうと思ったが、『お買い物日記』 担当者が必死に制するので深呼吸して怒りをおさえようとしたものの、血は沸騰したまま、またすぐに爆発しそうな気配だったので、すぐに店を出て自分の視界から馬鹿親の姿を消した。

    あんな母親に育てられている息子の将来を思うと悪い意味で笑いが止まらないが、そんな馬鹿親を反面教師として立派に育ってほしいと願わずにもいられない。

    そして、必要以上に大きな声で電話している客に店側も注意すべきだろう。

    たぶん少し格調高い店では馬鹿親だって電話を遠慮すると思われるので、その店がナメられているのに他ならないのだから。

  • 道産子 DNA

    北海道に帰ってきてから 4度目の冬を迎える。

    やはり道産子の DNAを受け継いでいるのか、除雪だけが憂鬱であるものの寒くて白い世界に閉ざされるのを嫌だと思ったことはない。

    今日は朝からシンシンと雪が降り続いており、夕方には除雪をすることになったが、まだ始めたばかりなので少し楽しかったりする。

    今までは降っては解けることを繰り返していたが、今回の雪はいよいよ根雪となって来年の春まで解けることはないだろう。

    朝の散歩をしていても、あちらこちらの雪に犬の足跡があったりして楽しい。

    まったく姿を見かけなくても多くの犬に会った気分になれる。

    そして、やはり12月には雪が積もり、ホワイトクリスマスでなければ気分が盛り上がらない。

    除夜の鐘を聞いて新年を迎えるのも雪景色でなければ調子が狂う。

    大阪で暮らした十数年間は白くないクリスマス、雪のない正月で、どうにも違和感をぬぐい去ることができなかったものだ。

    それというのも道産子 DNAをしっかり受け継いでいることと、生まれてからずっと経験してきたことと異なるため、何かしっくりこない感覚がつきまとったのだろう。

    年齢とともに雪が嫌になると母親などは言っているが、今のところは冬が嫌でもないし、雪を毛嫌いするほどでもないのは若さの証拠か。

    こんなことを言うもの何ではあるが、大阪の夏と北海道の冬のどちらが良いかと問われれば、一瞬の迷いもなく北海道の冬を選ぶ。

    どんなに寒かろうと厚着、重ね着をすればしのげるし、暖房すれば部屋は暖かくなるが、大阪の夏は冷房にも限度があるし、薄着にも限度があるので対処法が限られ、あとはひたすら我慢するしかない。

    寒さを我慢しても食欲不振にもならなければ汗疹で身体中が痒くなることもなく、脳の回転が鈍ることもないが、暑さを我慢すると肉体的にも精神的にも疲れ果ててしまう。

    運や縁があって北海道に戻り、この町に住むことになったが、実際にはあと何年も大阪で暮らすことはできなかったと思う。

    それは様々な事情もあるが、道産子 DNAの持ち主が生息する環境では決してなく、体力的にも精神的にも限界が近かったと思われるからだ。

    近所の方々や知り合った方々には懇意にしていただいたし、大阪の人柄は好きなのだが、やはり根本的な違いに完全に順応するのは難しい。

    住む場所が変わると様々なことに変化が起こることについて 『水が変わる』 と表現するが、まさに生存の根源である水の違いは受け入れ難いものがある。

    ずいぶんと改善が進んだが、住み始めた当初は水道水から異臭がしてそのまま飲むことができなかったし、それを熱したシャワーを浴びると異臭が倍増して密閉空間であるバスルームからは一刻も早く逃げだしたくなるほどだった。

    そして道頓堀を歩いていて流れる川から発せられる異臭にも驚かされた。

    水の都であるはずの大阪がこんなことで良いのかと腹立たしささえ覚えたものである。

    鮭が生まれた川に戻るように、道産子は北海道で暮らすのが一番良い。

    どんなに過疎化が進んで不便な暮らしになろうと、北海道に骨を埋めたいと真剣に考えるようになった自分が今ここにいる。

  • アクシデント

    何と・・・。

    先程までスラスラと書いていた文章が・・・。

    いや、落雷による停電とか、そんなことではなく・・・。

    とにかく使い物にならなくなってしまったのである。

    どうも変だとは思っていた。

    やけにスラスラと筆(キー入力)が進み、次から次へと文章が浮かんでくる。

    いつにないペースで雑感を書き続け、こんなことがあるのかと感じていた。

    そして、ふと嫌な予感が胸をよぎる。

    どこかで見たことのある文章だと。

    慌てて過去の雑感を検索してみる。

    ・・・。

    ・・・あった。

    今回の雑感に書こうとしていたものと同一の内容。

    北海道に帰ってきてからの歯医者通いについてだ。

    2009年 3月 28日に書いた 『歯医者五軒目』 と、ほぼ同内容のものを書いていた。

    そして、それに気づかず危なく今日の夜に投稿するところだった。

    すでに長文を書いたあとなので、今さら他の内容で書き直す気力はない。

    12年続けてきて初めてのアクシデントを今回のネタとし、投稿することにする。

    いや、今回が運良く気づいただけで、もしかすると過去に同じネタで投稿しており、いつも読んでいただいている奇特な人に陰ながら突っ込まれているかもしれないが・・・。

  • 記憶 Memory-13

    過去の記憶

    過去の雑感で何度か触れたように、実に腕白で実に野性的に育った自分は子供の頃から怪我が絶えなかった。

    近所を走り回って転んだりするものだから両ひざはいつも傷だらけ。

    草むらをかき分けて遊ぶものだから手足には葉っぱによる切り傷だらけ。

    少し前に書いたように針金を振り回して負った傷が頬にあるし、神社の横の急な坂道を自転車で転げ落ちたときに負ったヒザの傷も未だに残っている。

    自動車整備工場の裏にある廃車が積み上げられた場所など格好の遊び場で、ボンネットや屋根の上を飛び回り、足を踏み外して落下するなど日常茶飯事だった。

    きれいに積み上げられた廃タイヤによじ登り、上から輪の中に入って遊んでいる途中でタイヤが崩れだし、頭から地面に落ちたこともある。

    はしごが掛けられたままの家があれば屋根に登って遊び、中から
    「こらぁーーー!」
    と叱られ慌てて逃げようとして花壇に落ちたりもした。

    冬になれば雪が積もってクッション代わりになるので、屋根から宙返りやバク転をしながら飛び降りて遊んだものだ。

    今から考えると雪の中に何が埋まっているのか分からないのに 3メートルくらいの高さから飛び降り、背中や尻から着地するなど無謀極まりなく、万が一にでも大きな石があったり、杭が立っていたりしたら大惨事になったことだろうと背筋が寒くなる。

    廃屋なども実に魅力的な遊び場で、壁を蹴って穴を開けたりして遊んでいたが、ある日ある時、長くて太いクギが出ている部分を思い切り蹴って足の裏から甲まで突き抜けたことがあった。

    多少の怪我をして帰ろうと、いつものことなので気にも留めなかった母親も、この時ばかりはさすがに慌てふためき、破傷風にでもなっては一大事と病院に連れて行かれたが、サビも少なく比較的きれいなクギであったことが幸いし、簡単な治療をしただけで事は済んだ。

    母親は怪我の程度が軽いと分かって安心したのと同時に怒りがこみ上げてきたらしく、帰宅後にこっぴどく叱られて足に釘が刺さった時より大泣きさせられることになってしまった。

    ある時は吹き矢のおもちゃで怪我をした。

    それはもの凄く大きなストローのような、セルロイドかプラスチックの筒を単に一定の長さに切ってある程度のもので、今の玩具のように安全性など全く考慮されておらず、口に当てる部分ですら何の処理も施されていない代物だ。

    少し離れたところに恐竜のおもちゃを置き、それを狙って吹き矢を飛ばしていたのだが、何せ子供のことなので何が危険なのかなど分かっていない。

    吹き矢の筒を口にくわえたまま走って矢を拾いに行くことを何度も繰り返しているうちに筒の先が壁に当たり、くわえた筒が喉の奥にまで入って肉をえぐった。

    ドクドクと口から血が流れ出し、病院に担ぎ込まれる事になってしまったのは言うまでもない。

    それでも粘膜質の部分は治りが早いのと、若い細胞の回復力で病院に到着するころには血が止まり、殺菌のためのうがい薬を処方されただけで帰宅した。

    そんな怪我をしたにも関わらず、危ないからと吹き矢を捨てられてしまったことに腹を立てて親子喧嘩が勃発するような始末だ。

    いつも怪我だらけだったが、そんなに傷を負っても命にかかわるような大怪我をしたことも骨折をしたこともないないのは、運が良かったのかもしれない。

    そして、丈夫な体に産んでもらったことを感謝すべきなのかも知れない。