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  • 嗚呼日本人 3

    嗚呼日本人 ~目次~

      ワールドカップまで 20日を切り、いよいよ秒読みの段階に入ってきた。サッカーファン、試合会場やキャンプ誘致先を含む関係者の間では、さぞかし盛り上がっているに違いない。もちろん放映権が絡んでいる TV局なども準備に余念がないところなのであろうが、逆(マイナス)の意味で警備に当る人たちや警察関連も緊張が高まってきているに違いない。

      大阪は阪神が好調で、そちらに気を取られているせいなのか大きな盛り上がりを見せていないような気がする。実は自分もそれほどサッカーに興味がある訳ではないので TV各局が 「ワールドカップまであと◯◯日!」 などとムードを盛り上げようとしているのを見ても 「ふ〜ん」 と思う程度なのである。

      確かにワールドカップが自国で開催されるのは数十年に一度しかないことなので、生きている間に二度とはお目にかかれない行事なのであろうが、サッカーという競技そのものに魅力を感じないのでイマイチ気分が盛り上がらない。同じように感じている人はきっと大勢いると想像できるが、いざ大会が始まると、そこは日本人の ”悲しい性” で ”にわかサッカーファン” が巷にあふれ出すのであろう。

      普段はサッカーのことなど話もしないのに誰々のアシストが良かっただの悪かっただのと、さも詳しいように語り出す奴が湧いて出てくるに違いない。まあ、日本人である以上、日本のチームが勝ち進んでくれた方が嬉しいし、試合がある以上は結果も気にするのであろうが、始まるのを心待ちにしているのとは程遠い。それどころか、あの耳障りな実況を聞かされると思うと逆に憂鬱になってしまうくらいなのだ。

      以前の雑感にも書いたが、サッカーに限らずスポーツの中継はいつからあんなに騒がしいものになったのだろう。あまにもウルサイので TVの音を消して中継を観たくなるほどだ。オリンピックの中継を観ていても頭の悪そうな解説者までが 「やった〜!」 とか叫んでいる。どこぞの ”おやじ” が茶の間で晩酌をしながら TVを観ているのと変わらないではないか。

      それはさておき、自分が何故サッカーに興味が持てないのかと考えてみたところ、サッカーに限らず時間制の競技にはあまり関心がないことに気がついた。バスケットボール、アイスホッケーなどなど、ゲームの終わりが時間で区切られているスポーツにはあまり関心がない。ボーリングであれば 10フレームで終わり、ゴルフであれば 18番ホール、野球であれば 9回までと決まっている。

      それらのスポーツは過去にブームになったことからも日本人の体質や気質に合っているのかもしれない。回数やステージに制限があり、その中で相手とどのように戦うのかを観るのが好きなのだろう。サッカーなどは ”時間” という制限があるものの、状況がどうであれ時間になれば 「ハイ、終わり」 「勝ったのはコッチ」 という感じなので味気がないような気がする。

      時間に関係なく 「次が最後の攻撃」 とか 「ここで点を入れられたら終わり」、「このパットを入れれば優勝」 などと勝敗の結論がハッキリしている方が観ていても緊張感がある。野球であれば 4点差、5点差があっても最終回で逆転することはある程度可能だが、サッカーの場合は 4点も 5点も差があり、それを残り時間 10分で逆転するのは不可能に近い。

      したがって試合終了近くに、今は勝っているけど逆転されるかもしれない。逆に負けているけど逆転できるかもしれないという醍醐味が得られないように思う。サッカーファンに石を投げられそうだが、個人的には嫌いではないにせよ、そんなこんなの理由からイマイチ没頭できないのだろうと分析している。

      勝敗の結論がハッキリしているにも関わらずバレーボールは好きになれない。「先に何点入れた方が勝ち」 と決まっていて、大きな点差があっても逆転が可能であるから、上述した分析の結果から言っても好きになって当然のスポーツなのであるが、これは数あるスポーツの中で唯一 ”嫌い” なスポーツなのだ。特に競技そのものが嫌いなわけではなく、中継と観客が嫌いなのである。

      国際試合の場合、双方とも ”はなはだしい” ほど日本の応援しかしない。日本に点が入ると会場は 「キャ〜!」 とか 「ギャ〜!」 とかいう黄色い声に包まれる。逆に相手国が点を入れると会場は 「し〜ん」 と静まり返り 「う〜」 という溜息とも唸り声ともつかぬ ”音” が充満する。応援のため遠路はるばる足を運んで来たその国の人だけが僅かに 「パチパチ」 と拍手をする程度である。声援まではしないにせよ、せめて拍手くらいはするべきではないだろうか。

      観客もそうならば、中継をしているアナウンサー、解説者までが同じように日本寄りの発言しかしない。日本に点が入ると絶叫し、相手が点を入れると 「あ〜今のスパイクには高さもスピードもありましたね〜」 「ええ、そうですね〜」 と、おざなりな事しか言わない。そんな会場の雰囲気や中継が世界各国で放映されていると思うと顔から火が出るほど恥ずかしくなってしまう。

      試合に勝つと観客はお祭り騒ぎになり、中継も絶叫と共に 「よかった、よかった」 と連呼するくせに、負けたとなると葬式の会場のような暗さが漂ってしまう。会場から沸き起こる拍手は勝った相手国を称えるものではなく、負けた日本に対して 「負けちゃったけど、よく頑張ったね」 という労いの拍手が圧倒的に多いと思われる。中継も同じで相手国を誉めることはなく、「いやぁ〜日本も頑張りましたね〜」 「そーですね〜この悔しさをバネに・・・」 などと言っている。

      日本人には対戦相手を尊敬したり称えたりする心が不足しているように思えてならないのだが、それが凝縮した形で典型的に表れるのがバレーボールの試合のような気がする。もうすぐ始まるワールドカップでは、そんな ”みっともない” 姿をさらしてほしくないと願うばかりである。日本は空港使用料、宿泊費、食費などの物価が他国と比べて異常に高いので、海外からの応援客はそれほど多くならないと思われる。

      圧倒的な人数の差で日本しか応援しないような観客を見せられ、騒がしいだけの実況を聞かされたならば、興味がないどころかサッカーそのものが嫌いになってしまうかもしれない。

  • 嗚呼日本人 2

    嗚呼日本人 ~目次~

      「渡る世間に鬼はなし」と云うように古来から日本社会の仕組みは ”性善説”を基準に成り立っている。性善説を簡単に言うと「世の中に悪い人なんかいないもんね〜、人間の本性はもともと善なんだよん」ということであり、お互いの信頼関係が大前提になっている。

      昔の人は家に鍵などかけずに外出したし、見ず知らずの人にも親切にしていた。今でも人口の少ない村などでは鍵をかけずに外出していることが多い。それらは「この辺の人に悪い人はいない」「泥棒するような人はいない」という信頼関係があるからだ。

      それ以外にも口約束だけで取り引きが成立したり、話を聞いただけ、相手の目を見ただけで信頼する場合もある。しかし、多くの人が最も信頼するのは ”ブランド”だと思う。各地方にはそれぞれ名家が存在し、その家の血筋であれば無条件に尊敬されたりする。その人自身よりも○○家という苗字、つまりは ”ブランド” に価値があるわけだ。

      会社もそれは同様で、企業名そのものが ”ブランド”となる。最近でこそ能力主義に以降し、個人の能力がどれだけ高いかが重要になってきているが、多くの場合は個人よりもどの企業に所属しているかによって相手の態度が変わる。個人の能力が高かろうと低かろうと「○○株式会社 ○○部長」とかいう肩書が優先されるのである。

      日本では 「お仕事は?」 と聞かれたら「○○社で課長をやってます」などとと答えることが多い。終身雇用制が長く続いたために自分がどの道のプロフェッショナルであり、どのような能力があるのかよりも、どのような企業に所属して、どのような地位にあるのかが本人にとっても相手にとっても重要になってしまったのだろう。

      ある大手企業でリストラされ、再就職の面接の際に「あなたは何ができますか?」 との質問に対して 「部長がきます」 と答えてしまったという笑うに笑えない話もある。単に年功序列で順送りにその地位になれただけで、本人の能力など関係なくても ”ブランド” にこだわってしまう日本人の悲しさだろう。

      ところが今、そのブランドや性善説が崩壊しつつある。言うまでもなく雪印や政治腐敗に端を発する 「食への不安」「社会への不安・不満」 である。結果的に雪印食品は解体されることになったが、それは氷山の一角であり肉、米、野菜、魚などどれをとってもラベル表示を信じることができなくなってしまった。流通の過程や小売店で産地を改ざんしている報道が後をたたないからだ。

      ○○産と表示されていれば 2-3割高くても ”ブランド” を信じ、まさか表示を偽る悪人はいないだろうという ”性善説” を前提に購入にしていたわけだが、そのどちらも信用することができなくなってしまった。さらには賞味期限も信用することができない。プロでもないかぎり産地を見極めることは不可能だが、生鮮食料品に関しては昔ながらの知恵で鮮度を見極めるしかなさそうだ。

      そして相変わらず国会は田中真紀子、鈴木宗男両氏の問題で騒がしい。先週の雑感に書いたとおり体調が悪くずっと家にいたため、たまたま 「ムネオハウス」 が問題になった国会中継をオンタイムで観ていた。国会中継を観て腹を抱えて笑ったのは初めてである。しかし、ひとしきり笑った後で怒りが込み上げてきた。我々の税金が投入されているのになぜ個人の実績として評価されているのか。

      おまけに工事を落札した企業が鈴木宗男氏の後援会関連で、そこから政治献金を受け取っているという。権力者と企業の癒着は今に始まったことではなく、時代劇でも 「お主も悪よのう・・・へっへっへっへ」 などと悪代官と越後屋が癒着しているシーンをよくみる。いつも名前を出される越後屋も可哀想だがドラマの世界だけでなく、現実に昔からそのような癒着があるのであれば、もはやこれは国民性なのかもしれない。米国でもエンロン破綻に端を発する政治家への資金提供が問題になっているので権力者と企業の癒着は国民性を問わず全人類共通の本性なのだろうか?

      田中真紀子氏に対しては同情の声のほうが多い。自分も事務次官だった野上氏や鈴木宗男氏と同様の扱いをされた彼女には同情している。しかし、先日の国会での 「(自分を更迭した)首相の判断は間違い」「首相自身が抵抗勢力」 という発言はいかがなものかと思う。

      過去に何度も書いているが、日本の景気を左右する株価は海外投資家の影響力も大きい。外資が日本から引き揚げられているのは小泉首相の指導力不足、構造改革の先行き不安が大きな理由である。そういう状況の時に更迭されたとはいえ、外務大臣を務めた政治家がすべき発言だったのだろうか?あそこでは ”私怨” をすててでも ”情” や ”国益” を優先すべきだったと思う。

      日本人は古来から現在に至るまで ”性善説” に則って情や和を重んじて社会の仕組みを構築してきた。個人主義が蔓延し、情や和が薄らぎ ”性悪説” つまりは 「世の中に善人などいない。人間の本性はもともと悪なのだ」 と考えて、他国のように簡単な約束事も契約書が前提となるのだろうか?そして問題解決のために裁判を起こすような世の中になっていくのだろうか?

      昔とは違い現代人は毎日風呂に入り、洗濯した下着を身につける。汚れを落とし清潔にするのは結構なことだが、人間味や人間臭さまでも洗い流してしまってはいないだろうか?

  • 想い出の居酒屋 其の弐

    想い出の居酒屋 おしながき

     以前の雑感でも触れた居酒屋には様々な思い出がある。楽しいこと、辛い事も含めて、何らかの節目には必ずその店で飲み食いしていた。

     はじめて行ったときも、会社の仲間の相談事を聞くためだった。よく見かけるサラリーマンと同様に、結局は上司に対する愚痴だったのだが、ひとしきり話を聞いた後で店内を見渡すと壁に貼られている品書きの値段がどれも安い。焼酎などボトル 2本で 900円くらいだったと記憶している。

     貧乏サラリーマンにとって強い味方であるその店を偶然にも発見した自分達の功績を二人で誉めたたえ、次の日には他の仲間にも報告したのである。その週末に 10人くらいで押し掛けて狂ったように飲み食いした。魚介類、野菜などどれも新鮮で出てくる料理がどれこれも美味しい。会計すると大量に注文したにも関わらず一人 3,000円にもならなかった。

     これでは貧乏サラリーマンのオアシスにならないはずがない。週末はいつも満席で通常は宴会で使用される二階まで開放しても入りきれないほどだった。それからというもの、週末には必ずと言っていいほど店に通うようになったのである。

     「酒がまずくなる」という理由から、その店では「仕事の話禁止令」を出し、いつもくだらない話をしては涙が出るくらい大笑いしていたのだが、時には恋愛に関する相談事などでしんみりと飲んだりもしていた。女の子が結婚に関して悩んでいたため、二人で酒を酌み交わしたこともある。「なんで他人の彼女と酒を飲まなければならないんだ!」と思いつつも、なぐさめたり、おだてたり、勇気づけたりしていたのである。

     その店でアルバイトをしていた女の子が、会社の不満などを口にすることがなく、いつもゲラゲラ笑っているのを見て、よほど楽しい会社なのだろうと勘違いしたらしく、入社のための面接に来たときには本当に驚いてしまった。

     ふと見ると上司がその子と話をしている。さっそくみんなに報告し、通りすがりに「焼き鳥 3人前、タレでね」などと言ってからかっていると鬼のような顔で睨まれてしまった。その夜、みんなで店に行き「悪い事は言わないから俺達の会社は止めたほうがいい」と必死に説得した。禁止令があるから会社や上司の悪口を言わないだけで、どれほど会社に問題があるかを切々と話して思いとどまるように説得したのである。

     その説得が成功したのか、会社が採用しなかったのかは定かではないが、結局その子が入社する事はなかったので一同ほっと胸をなでたりしていたのである。実際に会社への不満は山ほどあった。それでも楽しく食事をしたり、酒を飲んだりしたかったので、みんな「禁止令」を守っていた。

     全員の胸の中で会社への不満が頂点に達したので一斉に会社を辞めることになり、会社への辞表を書いたのもその店である。書き方が分からなかったため、その筋の本を買い、店の二階を開放してもらってみんなで「あーだ、こーだ」言いながら辞表を書いた。そこには悲壮感や暗さはなく、「字が曲がっている」だの「大きさが揃っていない」だの「そもそも字が下手」だのワイワイと楽しく書き上げた。

     その時は我々一派も含め、20人近くがその会社を辞めた。技術者が大量に辞めたとあっては残された人たちは大変だろうと少し心が痛んだりしたが、経営者は感情論だけで行動するタイプの人だったので”彼”に対しては心が痛むことはなかった。5年以上も勤務した人にさえ退職金を出さなかったような”彼”であるから、「ざま〜みろ!」という感情のほうが強かった。

     辞表を提出して会社を辞めることが決定した日も、その店で飲めや歌えやの大騒ぎをして辞めることを”祝って”いたのであるが、店の人たちは「もうみんなで来ることはないのかね〜」などと言ってさびそうにしていたものである。

     会社を辞めた 20人近くは二派に分かれてまとまったところに再就職することになり、2人ほど減ってしまったが店に通っていたメンバーの大半は同じ会社に行く事が決まった。偶然にもオフィスが店の近くに決まったので店に通うペースは衰えず、その後も週末には店に顔を出して「よかったね〜」とオバチャンに喜ばれたりしていたのである。

     そして、それからも「仕事の話をしない」しきたりを継承しつつ、居酒屋での思い出は増えつづけていった・・・のは言うまでもない。

  • 想い出の居酒屋 其の壱

    想い出の居酒屋 おしながき

    暦の上では立秋も過ぎたというのに、相変わらず暑い日が続いている。そして相も変わらず食が細ったままである。

     麺類以外には特に食べたいものが思いつかないし、この暑い時に火を使うのも大変だろうということもあり、極力火を使わずに手軽に準備できるものが望ましいのだが冷奴、刺身などに偏ってしまうのが問題である。自宅での食事で苦労したり悩んだりするくらいなら外食ですませば良いのだが、困ったことに外食が苦手なのである。

     第一に注文をしてから料理が出てくるまで待たなければならない。”待つ”という行為が苦手ではないのだが、待っているあいだ何をしていれば良いのかが解らない。自宅であれば TVを見ているなり、ネット・サーフィンしているなりして時間をつぶすことができるが、外食ではそうはいかない。

     さらに、忙しそうにしている店員さんを見ると水をもらうのも、注文をするのでさえもタイミングに気を使ってしまう。かつて飲食店で働いた経験があるため、他のお客さんの「すみませ〜ん」という言葉に反応してしまうし、グラスの水が少なくなってきたとか、食器と食器があたる音も気になってしまう。

     そんなこんなで気疲れしてしまい、食事が終わった後は一刻も早く店を出たくなってしまう。食後のデザートとかコーヒーなどを楽しむ心のゆとりがないのである。

     すでに 10年以上前になるが、毎週のように通っていた居酒屋がある。会社の仲間と 5-6人で週末には必ず寄っていたので、すっかり馴染んでしまい、その店では気疲れすることはなかった。店内では我家のように振舞っていたので気遣いもなにもあったものではない。

     ふだんは”おっさん”しかいない店に”若者(当時)”が来るのが嬉しかったのか、従業員の”おばちゃん”や店長までもがとても友好的だった。

     酔っ払いオヤジが注文だけして、まだ料理が出ていないのに清算を済ませて帰ってしまう。そうなると、できあがった料理は我々のものである。自分達はそれほど多くの注文をしていないのにテーブルには、あふれんばかりの料理が並んでいる。

     若さにまかせてワシワシとたいらげてしまうのだが、その食いっぷりがピラニアのようなのと、何でも「うまい、うまい」と食べる姿を見て「見ていて気持ちがいいわ」などと言いながら次から次へと注文もしていない「謎の料理」が登場する。

     試作品を食べさせられることもよくあった。「謎の料理」が出てきても、いつもの通りに誰かが食べる前に帰ってしまったものであろうと思ってワシワシと食べる。ところが「ん?」と思うような味の料理がたまにある。

     店長に「これ何?」と聞くと、「美味しかったらメニューにしようと思って」とぬかすではないか。実験台としてマズイ料理を食べさせられたのには腹が立つが、いつも”美味しい思い”をさせてもらっているので文句も言えず、「これはど〜かな〜」などと言って”判定”をくだしていた。

     困ってしまうのは、前週食べた”試作品”が翌週にも出てくる。「これはメニューに加えたら人気でるよー」などと誉めたたえ、機嫌よく酒を飲んだ後、清算してみると前週の”試作品”がしっかり売り物になっている。注文もしていないのに勝手に調理し、金まで取るとは何ごとか!と思うのだが、酔った勢いと、いつも世話になっているという思いから、だまって支払いをすませていた。

     店に行く前に電話して「金ない!1人2,000円以内でみつくろっておいて!」と言っておくと、とても 2000円とは思えない豪華な料理を用意しておいてくれたり、閉店まで飲んでいると店員さんが「○○方面に帰る人はー?」と言って方向が同じだと車で送ってくれる。

     金はないけど、貪欲な胃袋をもつ若者にとって、これほどありがたい店はなかった。その店では気を使うことも、早く帰りたいと思うこともなく、リラックスして気持ちよく食事をしたり、酒を飲む事ができた。

     もう何年も行っていないのだが久々に思い出し、あの店に帰ってみようかな〜などと少し感傷的に思ったりしている。

  • 嗚呼日本人

    嗚呼日本人 ~目次~

    普段はとくに意識していないが、「ああ、日本人でよかったな〜」と思うことがある。日本人であることが恥ずかしいことも多いが生まれも育ちも日本である事実は変えようがない。

     日本人で恥ずかしいと思うのは”ブランド好き”が大挙として海外の専門店に押し寄せる姿を目にした時。ヨーロッパ旅行の経験はないが、ルイヴィトンやグッチ、カルティエなどの専門店は若者から爺、婆まで日本人で埋め尽くされていると聞く。現地の人にとっては子供みたいな”ネーチャン”が高額商品を買い漁っている姿をうさんくさそうに見ているらしい。

     格調高い店内でギャーギャー騒ぐだけでも迷惑な話だが、店内や出入り口で”記念写真”を撮るバカモノまでいると聞いている。それなりのブランドは、それなりの人格や経験を備えた人が身に付けるべきであって、「みんなが〜持っているから〜」程度の感覚で買われた日にはブランドの価値が下がってしまうと思う。実際に、価格は別として、賢くなさそうなヤツが身に付けているとユニクロでも GAP でもヴィトンやプラダであろうと、すべて大衆品に見えてしまう。

     自分自身がとても恥ずかしかったのは、ツアーに参加してアメリカに渡航したときである。日本の旅行代理店が組んだ予定に無理があったのか、アバウトなアメリカの交通事情が原因したのかは定かではないが、飛行機の乗り継ぎ時間があまりにも短かったため、ファースト・フード店で飲み物とピザを受け取り、全員それを持ったまま次の飛行機に乗り込んだ。

     片手に飲み物、もう片手にはピザをもった日本人が何十人も乗り込んできたものだから、当然のことながら機内に乗り合わせたアメリカ人は、ただでさえ大きな目をさらに大きくして驚いていたり、クスクス笑っていたりした。そんなことをさせた添乗員にも腹が立ったが、それを拒むことをせずに団体行動をしてしまう自分にも腹が立ったものである。

     愛国心が強いほうではないが、海外から帰って来て日本食を口にした時、醤油や味噌の風味や味に触れた時は「ああ、日本人でよかったな〜」と心から思う。子供の頃はあまり喜ばなかった食べ物が、最近ではとても美味しく感じたりすることが多い。以前はハンバーガーやピザ、フライドチキンなどを主食のように食べていたが、最近では 3-4週間に 1回程度になってきた。やはり体内に受け継がれた DNA は日本食を求めているらしいのである。

     食事以外に「日本人で良かった」と思うのは国民性に関してである。1/17は阪神淡路大震災が発生した日で、先日の TV ではその後の神戸などを放送していた。そこでコメンテーターが、「あれだけ壊滅的な被害を受け、消防、警察の機能が完全にマヒした状態で略奪行為や暴動が起きなかったのは世界的に見て奇跡的なこと」と言っていた。

     ・・・この言葉には心から納得してしまった。日本は治安が良いと言われているが、それには秩序正しく善良な国民性が前提にあるからだと思われる。「このスキに金を盗む」と考える人もなく、「腹が減ったから人のいない店から食料を盗む」などというのは生存本能に近い次元だと思うのだが、皆が空腹に耐えながら励ましあっていた。このような国民性は世界に誇れることだと思うし、こういう国民だから自動販売機などの文化も育つのだと思われる。海外で自動販売機など設置すると、一夜にして破壊されてしまうに違いない。

     なにはともあれ、日本には日本の良いところもたくさんあるということを、あらためて感じさせてもらった言葉で、日本人も捨てたものではないと感じることができたのであった。