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  • 2011年大阪の旅 -3-

    2011年大阪の旅 -2-

    大阪滞在三日目。

    いよいよ大阪最後の日となったが、ホテルのチェックアウトは 12:00までとゆっくりできるし、飛行機の出発も 16:05と時間にかなり余裕がある。

    そこで、大阪の観光でもしようかと思ったが、バスで通天閣まで行ってガイドさんの説明を聞いて戻ってくるというプランだと時間が足りない。

    もちろん USJに行って遊ぶ時間も吉本新喜劇を見る時間もない。

    そこで、JR大阪駅近辺で時間をつぶそうと、梅田スカイビル最上部の空中庭園に行ってみるか、HEP FIVEの観覧車にでも乗ってみるかと思案したところ、若者向けの商業施設である HEP FIVEであれば、朝から混雑していることもなかろうという結論に至り、ブラブラと地下を歩いて行ってみることにした。

    大阪に十数年も暮らしていて、HEP FIVEには足を踏み入れたこともなかったのでたどり着くまで少し迷ってしまったが、何とか 10:00くらいには建物の入口に立つことができた。

    ところが案内板を見てみると、すべての営業開始が 11:00となっている。

    若者は朝早くから行動しないだろうという読みは当たっていたが、その施設まで朝が遅いというところまでは考えが及ばなかった。

    カフェにでも入って 11:00の開店を待とうかとも思ったが、それから観覧車に乗ったりして遊んだ場合、チェックアウト時間である 12:00までにホテル帰ることができるか微妙なところだ。

    そうなったら今から空中庭園のある梅田スカイビルまで移動して、庭園を散策してホテルに戻る時間があるのかも微妙な感じになってくる。

    しばし考え、目の前にあった 『水野真紀のMaki’s魔法のレストラン』 でも紹介されたという店で焼きドーナッツを購入し、とぼとぼと歩きながらホテルに戻った。

    それからは、ホテルでボ~っとしていても仕方がないと、さっさとチェックアウトして関空に向かう。

    どやらそれが良かったようで、となりのお店ワンプの住む反対隣りのお宅用のおみやげなどを、ゆっくりと時間をかけて見ることができたし、ぼてじゅうでお好み焼きを食べることもできたし、喫茶店に入ってじっくりコーヒーを飲むこともできた。

    ぼてじゅうでは隣の席に外国人カップルが座り、ベラベラと英語で会話をしていたので日本語のメニューが分かるのか心配したが、注文をとりにきた店員さんに女性のほうが日本語でオーダーしていた。

    おまけに出てきたお好み焼きをコテで切り分け、見事な手つきで箸を使っていたのでなかなかの日本通らしく、余計な心配をして損をした気分になってしまったではないか。

    心配された天気も回復して雲の間から青空がのぞき、新千歳空港の雪もあがって離着陸とも問題なさそうだ。

    ここでも晴れ男は幸運に恵まれた訳である。

    途中で気流が乱れることもなく、順調に飛行できたため予定時刻より少し早く到着したことが幸いし、あきらめていた早い時間の電車に乗ることもできた。

    しかし、金曜の夜ということもあって電車はえらい混みようであり、デッキにまで人が溢れている。

    これから一時間以上、疲れてはいるが立って帰らなければいけないと覚悟を決めたが、次の到着駅で目の前の座席にいた母娘が降りていったのですぐに座ることができるという幸運にも恵まれたのである。

    今住んでいる町に到着したのは 21:00少し前で、昼食をして以降、何も食べていないので途中のコンビニで何か買おうという目論見と、北海道のわりに寒くもなく、風も穏やかだったので駅から自宅まで歩いて帰ることにしたのだが、帰り道の商店街では道路の両側をロウソクで照らす 『キャンドルの小径』 というイベントが開催されていた。

    その中をキャスター付きのカバンをコロコロ引いてゆっくり歩きながら帰宅できたのも幸運だ。

    今回の旅は本当に幸運続きで、大きなトラブルもなく目的を達成し、会いたい人に会って来ることができた。

    またいつか、何年後になるかは分からないが、大阪を訪れることが出来ればと思う。

    それまで皆さん元気にしておられることを心から願いつつ。

  • 2011年大阪の旅 -2-

    2011年大阪の旅 -1-

    大阪滞在二日目。

    この日は朝から仕事関連の人と会うことになっており、『お買い物日記』 担当者もよく知っている人なので一緒になんばまで行って落ち合ったが、時間が早すぎて落ち着いて話せそうな喫茶店などが開いていない。

    待ち合わせたのは、なんばCITYにあるホテルだったので近くにあるなんばパークスに行ってみることになった。

    なんばパークスは大阪に住んでいるときに完成していたが、出不精であるゆえに足を踏み入れることもなく北海道に帰ってきてしまったが、こうして久々に来て施設内を歩くことになるのだから不思議なものである。

    いや、近くにあると、いつでも行くことができるという意識が働いてしまい、余程のことがない限りは行かないものなのだろう。

    そして、なんばパークス内を歩いていて気づいたのだが、お会いした人の歩くスピードが異常に速く、ちょっと小走り気味にしなければ付いて行くことができない。

    そう言えば移動手段として使った地下鉄御堂筋線の構内でも次々と人に追いぬかれた。

    そうだ、そうだった。

    大阪人は歩くスピードが日本一速いのだった。

    以前は人の妨げになってはいけないと同じ歩行速度で歩いて通勤していたはずなのに、ゆったりとした時間が流れる北海道の生活にすっかり慣れ、歩くペースも遅くなってしまったのだろう。

    話しが終わってその場で別れ、いよいよ千里丘に向かうことになったが、おみやげを渡したのに相手からも何やら頂いてしまい、バッグの重さはちっとも軽くならない。

    みやげ物で重くパンパンになったバッグを持ちながら千里丘駅に到着。

    駅構内を歩いても、街の風景を見ても思ったほど懐古の念にとらわれることもなく、ただ久しぶりだと感じる程度だった。

    大阪で十数年ほど暮らし、以前に暮らしていた札幌の町を見たときはとてつもなく懐かしかったが、三年程度では懐かしさを感じないものらしい。

    千里丘駅の一階にあるレンタサイクルの 『駅リンくん』 で自転車を借りて千里丘周辺をウロウロする。

    まずは十数年間もお世話になった借家の大家さんに会いに行く。

    ただ単なる貸主と借主の関係ではなく、本当にいろいろとお世話になったので是非にでもお会いしておきたい方なのである。

    そこで近況などを報告し、急にバタバタと引っ越してしまったことを詫びて 『お買い物日記』 担当者の病気などについて一通り話し、またいつかの再会を約束して席を立つ。

    ここでもおみやげをお渡ししたが、それ以上の頂き物をしてしまい、バッグの中は減るどころかさらに大きく膨らんだ。

    ここから自分と 『お買い物日記』 担当者は別行動。

    自分は仕事でお世話になっている方々を訪問し、『お買い物日記』 担当者はお世話になった方々や、友だちになった人たちとの再会だ。

    別行動をして 4時間後に千里丘駅で合流すると、おみやげのバッグがはち切れそうなくらいバンバンに膨らんでいる。

    会う人、会う人、みんなから頂き物をしてしまい、来る時より明らかに大きくなったバッグを持って帰ることになってしまった。

    予報では大阪は雨で、当日はどうなることかと思ったが、最後の最後まで天気は持ちこたえて駅リンくんに自転車を返却するころになって小雨が降りだす程度で済んだ。

    どうやら晴れ男の面目躍如といったところであるし、これも旅の最初から続いている幸運のひとつであろう。

    そして、いよいよ明日は大阪滞在三日目、それが最終日であって夕方の便で北海道に帰ることになるが、予報では大阪も新千歳も悪天候で、この時期は珍しくない欠航や新千歳に降りられずに引き返すなどという事態にならないことを祈るばかりだが、それはまた 2011年大阪の旅 -3- に続くということに。

  • 2011年大阪の旅 -1-

    その旅は最初から幸運に恵まれたものだった。

    となりのお店には事前に旅行のことを伝えることができていたが、ワンプの住む反対隣りのお宅には詳しい日程などを話せておらず、電車に乗ってから携帯電話のメールで知らせようかと 『お買い物日記』 担当者と話していたところ、家を出ると隣の奥さんも外におり、タイミング良く事情を説明することができたばかりか、車で JRの駅まで送ってくれるという。

    駅までの道のりは、普段の散歩を考えると何の苦も無く歩ける距離であるため、天気さえ悪くなければいつもテクテクとキャスター付きの旅行カバンを引きながら駅に向かっているのだが、送っていただけるのならそれに越したことはない。

    その前日まで苦しんでいた 『お買い物日記』 担当者の頭痛も 80%程度まで回復し、旅に差し障りのないくらいまで元気に復活したのも幸運だった。

    独り言にも書いたように、初日は新千歳空港までの移動なので少し頭痛の残る 『お買い物日記』 担当者の負担も軽い。

    神戸空港に向かう便が朝の 8:00発であり、その前にチェックイン、搭乗手続きの全てを終わらせようとすると 7:00には空港に着かねばならず、どう頑張っても当日の移動は無理なので前日に到着しておく必要があったのである。

    空港に到着して長兄夫妻と合流し、食事の前に大阪でお会いする方々へのおみやげを購入。

    何せ自分が仕事関係でお会いする人、『お買い物日記』 担当者が会いに行く人たちを合わせると相当な人数になるので、購入するみやげの数も大量になってしまい、念のために持参した大きめのバッグがパンパンに膨らんでしまった。

    その後に食事を済ませ、翌日は朝が早いので早々に部屋に戻る。

    一夜明け、バタバタとホテルをチェックアウトして搭乗手続きに向かったが、今は QRコードと呼ばれる二次元バーコードで全てが管理されているらしく、以前のようなチケットらしいチケット、ちょっと厚い紙のような樹脂のような、それっぽいものは存在せず、単にプリンターで印刷した A4の紙の隅のほうにある QRコードがすべてだ。

    その紙も事前に旅行会社から受け取った書類の中に含まれているのでカウンターで発券してもらうとか、そういう手続が一切無い。

    その紙を持ってスキャナー部分に QRコードをかざし、「ピロリン」 と認証されて手荷物検査を通過し、飛行機に乗り込む前も QRコードで 「ピロリン」 とゲートを通過するだけだ。

    今回は紙だったが、携帯電話からチケット予約などすればメールでQRコードが送られてくるらしく、携帯電話をスキャナーにかざして通過している人が何人もいた。

    とても便利な世の中になったと思う反面、ちょっと味気ない気がしてしまうのはオッサン化が進んだ証拠か。

    飛行中、機体がひどく揺れることもなく、安定した状態で神戸空港に到着。

    まずは三ノ宮まで移動するためポートライナーに乗り込み、先頭車両の最前部の席を陣取ってちょっと運転手気分。

    JRに乗り換え、新快速で一気に大阪駅まで。

    会社勤めしていた頃は毎日利用した駅なので懐かしさが込み上げてくるかと思いきや、改修工事がなされて中は様変わりしてしており、初めて見る光景だった。

    宿泊先は第一ホテル、つまりは丸ビルであり、その外観を見たときはさすがに少し懐かしい感じがした。

    ホテルではチェックインする時間には程遠かったが、大荷物で京都に行くのも大変なので今日の宿泊客であることを告げて荷物を預かってもらうことに。

    ちょっと身軽になって再び大阪駅に行き、新快速で一気に京都。

    京都駅でタクシーに乗ったのだが、その運転手さんはプロだけが知っているような、車もすれ違えない細い細い裏道をビュンビュンと通り抜けて行く。

    北海道のようなおおらかな土地で、とても広い道幅を走る優良ドライバーである長兄は、運転手さんの隣の助手席でカチカチに固まっていた。

    狭い道路を 40キロ前後で走り、前と接触するのではないかというくらいの狭い車間距離しか保たない関西人の運転は恐怖だったらしい。

    お寺の前で車を降り、直ぐ目の前にある蕎麦屋さんで昼食。

    ここは過去に何度も入った店で、その味はさすがに懐かしい気がした。

    無事に法事も終わり、ぶらっと茶わん坂を歩いて目についた喫茶店で休憩。

    帰り道では雑誌か何かの撮影で、舞妓さんがモデルとなっていたので便乗してパチリ。

    何度も京都に行ったが、こんなに近くで舞妓さんを見るのは初めてであり、そのタイミングで偶然にも通りかかったのも幸運だった。

    何だかんだとしている間に、すっかり夕方になったので京都観光をすることもなく新快速で再び大阪駅まで一気に進み、ホテルのチェックインを済ませて一休みし、丸ビルの地下にある居酒屋さんで呑み食いして一日が終わった。

    2011年大阪の旅 -2- に続く。